日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
同日 セフール帝国
ガタガタと激しい振動を伝えながら、汽車は鉄路を突き進む。日本国内で乗るスマートな電車とは、乗り心地も、車体のきしみ音も何もかもが違っていた。
それも無理はない。合衆帝国とて、予算とインフラ維持の資本には限界がある。都市部の近郊路線や通勤・通学で日常的に使う主要線路ならまだしも、そこから一歩外れた地方路線となれば、利用客も便数も一気に激減する。
そんな区間にわざわざ莫大な予算をかけて手厚いメンテナンスなどするはずもなかった。「脱線せずにどうにか目的地まで走り切れるなら、多少の揺れやボロさは問題ない」――それがこの世界のインフラにおける現実的な要求水準だった。
「ちょっと、トイレに……」
座席の硬さに腰が痛くなってきた私は、息が詰まる車内から逃れるように立ち上がり、連結器を越えてトイレのある車両へと移動した。
その通路の途中、ふと通りすがりのボックス席に目をやったとき、そこに座っていた二人の現地人(おそらくセフール帝国市民)の話し声が耳に飛び込んできた。
「はあ……帝国の役人どもの相手は本当に参るよ……」
「ああ、まったく……」
ボロい身なりではないが、かといって豪奢な貴族風というわけでもない。彼らが着ている服の生地や装飾から、どれほどの地位や資産の持ち主なのかは判断がつかない。だが、このローカル線でありながら現地民にとっては超高額鉄道に乗り、帝国の行政サービスや商取引について愚痴をこぼしているところを見ると、少なくとも社会の中間層以上――それなりに名の通った商会員や小規模な地主といったところなのだろうか。
それにしても、「帝国人の相手に困っている」とはどういうことか。私は足を止め、さりげなく通路の窓の外を見るふりをして耳を澄ませた。
「アッチの連中は、いつも妙に低姿勢すぎるんだよ。おかげでコッチまで、そのさらに下の低姿勢に合わせて対応しなきゃいけなくなる。面倒くさいことこの上ない」
「それが向こうの交渉術(やり口)なのかもな。というか、お前、もう酒はやめろよ。こんな鉄道の車内で帝国の悪口なんて大声で言うもんじゃないって……」
「だいたい、何なんだよアイツらは! 『合衆帝国』って何だよ! 国の名前くらい、もっとまともな固有のものは無いのかよ!」
酔いに任せた男の最後の叫びは、ガタゴトと響く車輪の音に混じって不気味に車内に反響した。
そう、あちらはなぜか固有の名前を付けない。自衛隊と警察がクーデターを起こして樹立したのなら、『大日本帝国』とでも『新日本国』とでも名乗ることはできたはずだ。
なのに敢えて制度名のみ。どんな意図があるのか、当時の政府や大学教授などの間でもはっきりとは分かっていない。
個人的に考えられるのは――。
『形式的にでも、この戦争犯罪から「日本」という存在を遠ざけたかった』
ということではないか。
愛国心や民族愛といったものなのか?それともいつもの通り、ただの合理性から来るものなのか?
(・・・あるいは両方か?)
合衆帝国は『天皇陛下を含む皇族』を北海道へ送り届けている。
その行動にも日本の象徴を守るためとも取れる。逆に支配者を自衛軍や州警察のみにして国家改造を急ぎたかったからこそ、国家のシンボルとなる天皇家を排除した、とも取れるから何とも言えない。
行動原理がどちらであるにせよ、合衆帝国は国名に日本の名残を入れたくなかった……。
まあ、こんな仮説を政府や会社の上層部の前で口にすれば、即座に苦い顔をされるのだが。
それにしても、この汽車は30両編成をしているというのに、客車はわずか3両しかない。機関部を除く残りの車両はすべて貨物用――まさに物資運搬だけに特化した列車だ。
それなのに、この車内の閑散っぷり。よほど人の往来がないのだろう。
「おかえり」
自席に戻ると、同僚が駅弁を頬張りながら迎えてくれた。
私は先ほど耳にした現地人たちの会話をそのまま報告する。
「そうか、この帝国製翻訳アプリがパチモンじゃないなら、かなり重要な情報だ。そして同時に、非常に厄介な情報でもあるな……」
「ええ。植民地支配をしていなくとも高圧的な交渉をしているならまだ土下座商談ができたのですが・・・」
そんなことを話していると、先ほどの現地人二人組がちょうどこちらへやって来た。私の後ろを付けて来たのかもしれない。
「これは、帝国の皆さま方。いつも大変お世話になっております」
男たちは流暢な日本語を操り、綺麗なお辞儀まで見せてきた。
――直前まで「帝国の役人どもは面倒くさい」と毒づいていたのと同一人物とは思えないほどの変わり身である。これもまた、セフール帝国に浸透した合衆帝国の影響力の大きさを垣間見せる光景だった。
「いえいえ、私たちは帝国の北にある日本という別の国でして……まあ、二十年ほど前までは同じ国でしたが」
支社長の福部さんが、いかにもビジネスライクな笑顔で大人の対応を返す。すると、男の一人がさらに深く頭を下げた。
「おお、そうでございましたか! いやはや、我が商会は貴殿方の同胞のおかげで、ますますの繁栄を誇っておりますよ」
福部さんがスマートに応対しているのを、私たち若手社員は固唾を飲んで見守っていた。
地球時代の動画サイトなどで「日本スゴイ系のコンテンツ」が持て囃されているのはネットの話として知っていたが、それをここまで過剰に、そしてナマの異世界で見せつけられるのは流石に居所が悪くなる。
(……なんか、お互いに気まずさを隠すためにペコペコし合ってないか……?)
「すみません、差し支えなければ……合衆帝国がこの辺りでどのような事業を展開しているのか、お聞かせ願えますか?」
福部さんはビジネススマイルを崩さないまま、さっそく現地情報の収集へと切り込んだ。
流石は支社長、世辞に付き合うだけでなく、会話の主導権をしっかりと握っていく。
男は「おや、ご存じありませんでしたか」とばかりに、どこか得心がいったような笑みを浮かべた。
「まあ、一言で言うなら――『足を向けて眠れない』、これに尽きますな」
「はあ、といいますと?」
「まず、奴隷商から人を買ってくださるでしょう?それも、他の買い手が敬遠するような『売れ残りの傷物』を、あそこの方々は率先して買い取ってくれる。最初は『なぜあんな使い物にならない者ばかりを?』と首をかしげたものですがね……いやはや、あそこは凄まじい」
男は感心したような、あるいはどこか気味の悪がるような、複雑な目を向けてくる。
「何しろ、『魔道具さえ扱えれば、体に少々傷があろうと手足のどれか1つが不自由なくらいの奴隷なら問題ない』と言うのですから」
――魔道具。
そう聞いて、僕たちは内心で苦い顔をした。
あちらの人間が言う「魔道具」とは、要するに私たちの世界のトラクターやコンバイン、あるいは大型の農業機械に他ならない。あの世界では、科学技術の産物がすべて「よく分からない不思議な機械=魔道具」として一括りにされているのだ。
つまり、合衆帝国がやっていることを翻訳すればこうなる。
――「労働市場でハネられた使い捨ての奴隷の中でもさらに安価な訳アリ人材を買い、農作業用機械などの操作要員として働かせている」。
機械を操作をする知能と、最低限動く手足さえあれば、人間の尊厳や健康など二の次。
クリーンな調達を目指す私たちの「人道的な買い付け」とは真逆を行く、圧倒的な効率主義と人間性の喪失が、そこには確かに存在していた。
だが、シュクシュラ国で報告されていた奴隷の状況や、これまでの調査データは、私たちが合衆帝国に抱いていた「日本人が持つ固定観念」を木っ端微塵に否定していることも事実だった。
合衆帝国では、あろうことか奴隷を「非正規社員」として雇用している。
しかもその待遇は、現地の一般市民が送る生活水準を軽々と凌駕していた。給与は平均より高めの設定にされているが、現地資本との暴力的な違いを見せるのは『福利厚生』だった。現代技術で作られた専用の綺麗な宿舎。当然、個室スタイル、大浴場あり、栄養バランスの考えられた食事まで完備されているという。
――なぜ、そんなことをするのか。
理由はシンプルだった。彼らにとって、それは人道的な慈悲などではない。ただの「徹底した合理化」なのだ。
「なんでわざわざ、中世レベルの不衛生な生活インフラや物資を奴隷用に特別に建設・製造しないといけないの?」
「風呂なら宿舎に大きな大浴場(共同浴場)を置いておいて、そこで一緒に浸かればいいじゃん。そのほうが電気も水もガスも効率よく使用できるし」
「大量に需要のある物資なら同じ型番のものを大量調達してコストを下げる。経営の基本でしょ?」
すべてはスケールメリットとコスト削減。
効率を何よりも是とする彼らは、労働力である人間(たとえそれが元奴隷であっても)を雑に扱って病気や不満を出されるのが一番のロスだと知っている。だからこそ、管理しやすいようにインフラを共有し、現代の生活水準を強制的に保証する。
その結果として何が起きるか。
過酷な中世的貧困にあえぐ現地の人々から見れば、合衆帝国の農場で「非正規」として働く奴隷たちのほうが、はるかにホワイトで豊かな暮らしを謳歌しているという皮肉な現実が生まれていた。
――一言で言えば、究極の合理主義。そして副次的に産まれる『人道的待遇』・・・
私たちがどれほど『日本人から見た正義』を説こうとも、その恩恵にあずかった奴隷たちにとっては、かつての過酷な境遇から一変した「楽園」でしかなくなっているのだ。