日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
同日 セフール帝国 モリトス領
ガタゴトと音を立てていた列車が、ようやく目的地へと到着した。
ここは『モリトス男爵』という貴族が治める地方領地だ。帝国の鉄道網がここまで伸びていることからも分かる通り、この地域にも帝国企業やその資本はしっかりと進出している。
だが、他の地域と決定的に違う点があった。
このモリトス領では、先ほど耳にしたような「奴隷を大量に買い集めて機械のパーツのように働かせる」といった大規模な農場経営の姿がほとんど見当たらないのだ。
その理由は至ってシンプルだった。
セフール帝国はここ最近、周辺国との戦争で負けが込んでいた。敗戦国が支払わなければならない莫大な賠償金として、帝国は貴重な金品だけでなく、多くの「奴隷」をも差し出す羽目になっていたのだ。
領土そのものを外国に割譲するわけにはいかない。かといって、荒廃した自国の復興のために、国内に残る限られた金目のものは少しでも手元に残しておきたい。
結果として、消去法的に白羽の矢が立ったのが――『過去の戦争で拉致して、自分たちが代々こき使ってきた奴隷の子孫たち』だった。
賠償金の代わりに身柄を差し出されるか、帝国企業の社員になるか、はたまた国力維持のために皇帝命令で中央にかき集められた結果、このモリトス領における奴隷の比率は驚くほど低くなっていた。
結果として、大資本による非情な奴隷の買い漁りや搾取の波から免れることになったこの土地は、奇跡的とも言える「クリーンな労働環境」を保ち続けていたのだ。
――それが、私たち大島物産がこの地を選んだ最大の理由であり、ある意味歪んだ幸運だった。
「おお、よく来てくださった! 我が名はモリトス・オ・ロール! この領地を治める者として、心より歓迎致す!」
駅のホームには、槍を掲げた10名ほどの兵士を従え、威風堂々と待ち構える男の姿があった。
――だが、その衣装を一目見た瞬間、私たちは盛大に視線を泳がせそうになるのを必死でこらえた。
あちこちが不必要にボリューミーに膨らみ、まるでパリコレのランウェイを歩くデザイナーの悪ふざけで作られたような、奇抜すぎるフリルと装飾のドレスコート。貴族としての権威を示したいのだろうが、地方の貧しい小領主という現実と相まって、どこか滑稽な哀愁が漂っている。
手厚い歓迎の言葉をかけられるが、あいにく私たちも伊達に商社マンをやっていない。相手が笑顔の裏で何を考えているかなんて、透けて見えていた。
この領主の目的は、一にも二にも『日本マネー』――すなわち外貨、もっと端的に言えば「現金」だ。
各種の経済資料によれば、合衆帝国の企業は、基本的に現地の一般農家から直接作物を買い付けたりはしない。現地の農家が作る作物となると、衛生面や防疫面で本当に安全かどうかの保証が怪しく、輸入基準を通すための厳格な受入検査が必要になるからだ。おまけに、合衆帝国側の先進的な資材や機械を購入できる資金も無いので、生産される作物の「質」も「量」も、帝国が求める水準には到底およばない。
「そんな面倒なことをするくらいなら、全部自分たち(合衆帝国企業)で直営の大規模農場を作って、丸ごと管理すればいい」
それが合衆帝国企業の基本方針だった。
奴隷商売が盛んなシュクシュラ国のような地域であれば、帝国の進出候補地として選ばれ、奴隷の使用料と土地利用料でガッポガッポと利益を稼ぎ出せるだろう。
だが、このセフール帝国は違う。
先述した通り、相次ぐ戦争賠償のせいでこの土地には奴隷が圧倒的に足りていない。となれば、合衆帝国企業としても進出の優先度は低くなるのだ。アクセスの良い沿岸部であれば、他の地域から奴隷を大量に送り込んで強引に開拓する旨味がある。しかし、内陸のこの寂れた領地ではそれも叶わない。
「ここでも利益は出るだろう。しかし、奴隷の移住までさせた上に鉄道コストまで使うくらいなら別の国の方が投資効率が良い。よって後回し。」
だからこそ、合衆帝国企業に見放されたこのモリトス領の領主にとって、独自のルートと強力な購買力を持つ「日本(大島物産)」の来訪は、まさに乾き切った砂漠に降る恵みの雨――いや、一発逆転の打ち出の小槌に見えているに違いなかった。
翌週 セフール帝国 モリトス領
現地での支社立ち上げや、当面の拠点となる住居マンションの確保といった慌ただしい準備が、ようやく一段落した。
もっとも、私たちが与えられた「支社」も「住居マンション」も、鉄道駅の周囲にごくわずかに寄り集まっているだけだった。ここモリトス領には合衆帝国の資本が進出しているとはいっても、その恩恵が届いているのは実質的に『鉄道関係』の一点に絞られている。
街の規模も驚くほどコンパクトだった。
大手資本のスーパーなど影も形もない。コンビニはあるものの、冷蔵設備や物流の都合か、冷蔵品は頻繁に品切れを起こすのが常だった。
それでも、駅周辺の外食事情は意外と悪くない。個人経営の飲食店がいくつか軒を連ねており、そこで出されるのは地元の食材を使った料理なのだが――なぜか、味付けは完全に現代風のそれだった。
思えば、調査の一環として現地住民が暮らす集落へ赴いたとき、そこで振る舞われた料理はもっと圧倒的に質素だった。
「そりゃあ、味の濃さが段違いだからな……」
目の前の朝食プレートを見つめながら、私はぼそっと呟いた。
化学調味料だけの話ではない。この世界の一般中流層の食卓でも塩や砂糖ですら生活費の面から使用を控える傾向にある。その結果として出来上がるのは、素材の味をそのまま活かした――言い換えれば、ただの「自然本来の超薄味」だった。
「同じ食材を使っているはずなんだけどな……」
「逆を言うと、俺たちの普段の料理がいかに調味料頼みだったかってのがよく分かるよな」
向かいの席で、同僚が苦笑いを浮かべながらフォークを置いた。
「それより、例の件をどうするか……なんだよな」
「……ああ。いい加減、本国の政府連中には本気でムカついてきたな」
朝食の席で、同僚が重いため息をつきながらスマホ(端末)の画面を放り投げるように机に置いた。
そう。せっかくモリトス男爵の口添えもあり、クリーンな地元農民たちが運営する優良な農地を既に8か所も確保することに成功していたのだ。現地農家と農業資材の下でも余剰が出ており、日本側がしっかりと先行投資をすれば、畑のさらなる拡張も収穫密度の向上も確実視できる――まさに願ったりかなったりの好条件だったというのに。
ここで、はるか東の安全圏にいる日本政府が、まさかの「自爆発言」をかましたのである。
『モリトス領から港湾へと伸びる帝国鉄道は、帝国企業の社員という名の「奴隷」によって建設されたものである。したがって、そこから運ばれる作物はコンプライアンス上のクリーン調達において由々しき事態に該当する恐れがある――』
「……あいつら、本気で自分から首を吊りたいのか?」
モリトス支社のオフィスには、乾いた冷気よりも冷え切った絶望の空気が漂っていた。
本国の役人たちは「奴隷が関わっているインフラ=悪」と脳内で勝手に美辞麗句をこねくり回し、現地の実情を無視したクリーンアピールを炸裂させたのだ。
この内陸部で道路もまともに無い土地から、鉄道を使わずにどうやって数万トンの小麦や大豆を港まで運べというのか。人力で背負って運べとでも言うのだろうか。
綺麗事しか言わない本国のお偉方と、泥をかぶって現地で頭を下げ続ける私たち――。
この絶望的なすれ違いをどう乗り越えるべきか、私の胃痛の種は尽きることがなかった。