日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
2050年 3月 セフール帝国 モリトス領
2週間にわたる泥沼の会議の末、私たちはようやく一つの結論に至った。
――「帝国鉄道を一切使わずに、現地の作物を港まで輸送する」。本国の政府が突きつけてきた身勝手な要望をクリアするため、現場である私たちが捻り出した代替案は、大きく分けて二つだった。
一つ目は、シンプルに「トラックによる陸上輸送」である。
幸いにして、合衆帝国製セフール帝国地図によれば鉄道のように最短距離を行くものではなく、大きく迂回するルートではあるが高規格道路が走っていた。
詳しく調べたところ、鉄道はレール敷設などの単純労働を元奴隷社員を投入していたものの、道路のほうは単純労働の工程割合が低いため、効率重視の帝国は自前の帝国人の労働者のみの手によって建設されたものであることが分かった。
これなら、本国の頭の固い役人どもも「奴隷が関わっている」と文句は言えまい。問題は、そのハンドルを誰が握るのか、という点だ。
「……北海道の現地の若者たちは、例によってホワイトカラー志望ばかりだ。果たして、そんな異世界の地の過酷な長距離ドライバーが国内から集まるだろうか?」
「最悪の場合は、帝国の運送会社に『帝国人ドライバー限定』で業務委託するしかないですね。……まあ、割高なコストがかかりますが」
頭が痛い問題だった。そして、それを避けた先にあるのが二つ目の案――「河川輸送」である。
人間が暮らしている以上、近くには必ず水源がある。ここモリトス領から南へ20キロほど進んだ場所には、大河であるセフール河が流れていた。
川の深さも十分にある。これを利用して大型船舶で河を下り、河口の港湾でさらに大きな外洋船へと積み替えることができれば、輸送力は一気に跳ね上がる。
だが、そのメリットの裏には絶望的なハードルがそびえ立っていた。
セフール河に至るまでのインフラが、現状では全く存在しないのだ。農地からセフール河までのアクセス道路なり、簡易鉄道なりをゼロから新設する必要がある。さらに、その先の集積用港湾設備まで自前で用意するとなれば――初期投資のコストは、先ほどのトラック案の比にならないほど跳ね上がるのは目に見えていた。
初期の巨額投資を呑む河川輸送か、それともランニングコストの高さに泣くトラック輸送か・・・
どちらを選んでも胃に穴が開きそうな選択肢を前にして、私たちは重い沈黙に包まれるのだった。
「まあ現実的には折衷案だろうな。河川ルート採用だが、それができるまではトラック輸送か。」
社員一同もこの意見に賛同するしかなかった。
2050年 4月 セフール帝国 モリトス領
「ふざけるなっ……!」
簡素な作りのオフィスだったため、防音など期待できるはずもない。薄い木のドアを突き破るように、福部支社長の怒鳴り声が業務フロア全体に響き渡った。
――直後。
バタン!!
苛立ちを一切隠そうともせず、音を立てて戸が乱暴に開け放たれる。
「ど、どうしました……?」
普段はどれほど追い詰められても笑みを絶やさない、おっとりとした穏やかな上司。そんな福部さんが血管を浮き上がらせている姿など、私たちは一度も見たことがなかった。
「……例の輸送計画の件だが、本国の政府が――いや、環境省が、正式に『否認』しやがった……っ!」
「ど、どこに問題が……? やはり、初期投資の予算がネックになったんでしょうか?」
恐る恐る問い返す私に、福部さんは悔しそうに歯噛みした。
「それもある! だが、私が苛立っているのはそこじゃない……!」
彼は荒い息を整えながら、信じがたい言葉を吐き捨てる。
「河川輸送のための農地からセフール河までの道路・鉄道インフラ建設――その工事が『現地の未開拓な植生を傷つける』という理由で、環境省がNGを出したんだ! クソったれが……!」
――絶句、だった。
日本国内の食料自給率が100%を割り込む危険があり、一歩間違えば数万人の国民が栄養失調あるいは最悪は死に至るかもしれないという瀬戸際にいる。だからこうして海外進出をしているのだ。
それなのにはるか東の安全な本土で、お役人様たちは「異世界の生態系保護」や「自然環境への配慮」という名の綺麗事を高々と掲げ、私たちの延命措置を背中から刺し殺したのだ。
目の前が真っ暗になるとは、まさにこのことだった。
「奴隷が関与していたらアウト」
「予算は当然、極限まで限られている」
「そのうえ、『現地の植生を保護しろ』という環境上の制約まで追加された」
――これらをすべてクリアして、一体どうやってモリトス領から小麦や大豆を安全に調達しろと言うのだろうか。
もう思いつく手など、どこにも残されていなかった。
フロアの隅で、私はただ呆然と天井を見上げるしかなかった。
「……ふっ。いっそ、このまま辞表でも叩きつけて、合衆帝国に亡命でもするか?」
ぽつりと、福部さんが乾いた笑い声とともに自嘲気味に呟いた。
普段の彼なら絶対に口にしないようなその冗談は、笑いを取るどころか、このオフィスの絶望的なまでの行き詰まり感をより一層濃厚に浮き彫りにするだけだった。
誰もが言葉を失い、冷え切った空気がただ重く漂っていく。
――私たちは本当に、この絶望的なジレンマを突破する方法を見つけ出せるのだろうか。
1週間後 セフール帝国 モリトス領
政府の身勝手なワガママと環境省の理不尽な横やりに押し潰されかけていた私たちだったが、絶望の淵で、一人の同僚がまったく別の視点から起死回生の一手を思いついた。
それは、彼が途方に暮れて領内をただぶらついていたときのことだった。
「これ……もしかして、使えるんじゃないか?」
同僚が見たのは、どこにでもある現地の日常風景だった。
地球の東南アジアなどのドキュメンタリー映像にどこか似た、水上輸送の光景。この街の南部を大いなる本流とするセフール河から、細い支流がちょうどこの街のすぐ近くまで入り込んでおり、そこが生活用水や農業用水の源になっていたのだ。
そしてその細い川面を、地元の木製ボートが物資や客を乗せ、のんびりと行き来している。
その光景を収めたスマホの資料写真と一緒に提出された提案書を見たとき、私たちの間で一つの空気が共有された。
――『これしかない。……というか、これにまでイチャモンを付けられたら、もう私たちの任務は失敗でいいだろ』
もはや満場一致だった。
「どうでしょう、支社長。これなら、本流のセフール河に小さな集積施設を作るだけで済みます。大掛かりな道路や鉄道の建設もしなくていいから、環境破壊は最小限に抑えられます。それに、運送の担い手も帝国人のドライバーではなく、このモリトス領の地元民が舟の漕ぎ手として協力してくれるかもしれない。男爵にとっても、領内に仕事が生まれるので悪い話ではないはずです」
発案者の熱っぽくまくし立てるような提案に、福部さんは腕を組み、険しかった眉間を少しだけ緩めた。
「……うむ。トラックや大型船舶に比べれば一度に運べる輸送量は落ちるが……確かに、今の私たちの制約をすべてクリアできる、極めて合理的な代替案だ」
重く沈み込んでいたオフィスに、久しぶりに確かな希望の空気が戻ってきた瞬間だった。