日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
2050年 5月 シュクシュラ国 ズーン市
「えっ……それだけ……?」
「はい、そうですよ」
ズーン市南方の沼地開拓事業を通じて、同じ命の危機を――あるいは泥まみれの苦労を――共に乗り越えたおかげだろうか。もともと日本を敵視していなかったこともあり、今や私たちは、事業に参加している現地の帝国人たちとすっかり打ち解けていた。
そのお陰で、この数ヶ月の間に彼らから様々な裏話を聞き出すことができていた。その中には、私たちがずっと気になっていた「この世界の魔法」についての真相も含まれていた。
「人間が使える魔法なんて、せいぜい電気っぽい現象を起こせるくらいのものですよ。アニメみたいに手から大量の水や炎をボンボン出せるわけがないじゃないですか。そんなのできたら、それもう人間じゃなくてバケモノですって」
「そうそう。あくまで自分の神経の延長みたいな器官があってですね。空気中の熱とか、体内の栄養という物理的なエネルギーを、ちょっとした電気に変換して使っているだけなんです」
あっけらかんと笑いながらそう答える帝国人の若者を見て、私は思わず「へえ……」と間抜けな声を漏らす。
華やかなファンタジーを想像していた身としては拍子抜けするほど地味だが、裏を返せば、この世界の超常現象すらも「エネルギー保存の法則」の枠内で科学的に(あるいは生物学的に)説明がついてしまうということだ。
「まあ、詳しいことは分からないけど。ネットではそう書いてあった。」
「AIに聞いたらそう返って来た。」
朗らかに笑う二人。
だが、彼らから何気なく聞き出す「合衆帝国の内情」は、私たち日本の一般国民――あるいは北海道・日本政府の役人たちにとっても、驚愕の事実ばかりだった。
まず、その政治体制についてだ。
「合衆国制」をとっているとは聞いていたが、その細部のシステムは想像を絶していた。
てっきりアメリカのように「東北州」や「関東州」といった広域のブロックに再編されているものとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい。
『宮城州』や『神奈川州』など、基本的にはクーデター前の「都道府県」の名称や枠組みが、そのままの形で残されているところがほとんどなのだという。
ただし、それはあくまで「名前だけ」の話だった。実際の行政境界線は、冷酷なまでに『経済実力主義』によって引かれていた。
生産性や経済的な価値があると判断した地域は手厚く取り込まれるが、逆に「これ以上の発展性や価値がない」と判断された地域は、容赦なく行政の枠外へと放棄される。
放棄された地域に待っているのは「4-3-8番地」といった無機質な番号による管理だけであり、警察も消防も、公共インフラの維持ですら住民たちで何とかするしかなくなるという。
さらに、北海道の日本政府を常に悩ませてきた「州軍」と「中央軍」の仕組みも、想像以上にいびつだった。
「州軍はすべて『州の資金』だけで運営されているんですよ。どんな予算配分にするか、どこに何の部隊を置くか、それから外国勢力や隣接州が攻めてきたときに防衛するか手を結ぶかどうかも、すべて州が決めます。」
帝国人の若者は、まるで経営ゲームの攻略法でも語るかのように平然と続ける。
「だから極論を言えばですね……もし敵が攻めてきても、戦うどころか『どうぞお通りください』って迎合して、そのまま合衆帝国の中央政府に反旗を翻すことだって、各州の自由なんですよ」
――それを聞いた瞬間、私は思わず背筋が凍る思いがした。
国家としての統一感などほとんどなく、あるのは「経済の利害関係」だけで結びついたバラバラの地方自治体の集合体。
いざという時に絶対に一枚岩になれないその脆弱性は、合衆帝国という強大な国家の裏側に隠された、最大の爆弾と言えるかもしれない。
しかし、逆に『数字と論理にて明確に合衆帝国の中央政府よりもこちらの陣営に来た方が得です』と提示できなければ絶対に動かせない、日本以上の固い結束になっているとも言える。
「だからどこの州も必死になって発展しようと努力するんです。おかげでブラック企業やゾンビ企業って言うんでしたっけ?そういうの見つけたら州政府が速攻で叩き潰しにきますよ。」
「そうなりますよね・・・もしそんな足手まといの企業を保護していたら隣接州との競争に敗れて吸収される・・・州の自治権が強すぎるから吸収したエリアを搾取することも可能・・・さらに、下手すると丸々放棄地行きの可能性も将来的に有り得るわけですからね・・・」
決して『とりあえずアメリカっぽい国にすれば発展するだろう』だったり『日本の逆張りをすれば発展するだろう』なんて安易な考えではなさそうだ。尻に火をつけて州政府のやる気を構造的に出させる、『過去のように補助金バラまいて問題の先送りをしていたら食われるぞ?』と脅迫しているような、そういう狙いがあることが私にも分かってしまう。
対して、合衆帝国の「中央軍」と呼ばれる組織は、帝国の本土にはほとんど常駐していないらしい。彼らの実働部隊はすべて海外へと展開しており、その実態は、帝国企業が新たな海外市場に進出するための「武力の足掛かり」そのものだった。
興味深いのはその資金源だ。
州軍がそれぞれの州の税収で賄われているのに対し、中央軍の資金源は国家の予算ではなく『海外展開する企業からの上納金』だという。つまり、中央軍の軍事力によって利益を得た企業や団体が、その成果の分だけダイレクトにコストを支払う仕組みになっているのだ。
「国内の治安や防衛、行政は完全に各州に丸投げして、自分たちは海外で稼ぐことに全振りしている……」
放任主義国家だとは聞いていたが、まさか自国の統治すらここまで徹底して放任し、軍隊を「海外進出用のプライベート・カンパニー」のように運用しているとは思いもしなかった。
それを聞いた瞬間、北海道の日本政府が「海外農地取得に関して国内の意見統一が困難だ」などと頭を悩ませて停滞している様が、いかに生ぬるい次元の話であるかを思い知らされる。
「弱者は容赦なく切り捨てる……福祉国家としての建前は、完全に過去の遺物として捨て去られている。……だが」
帝国人の若者が誇らしげに語るように、福祉を投げ捨てたその国家は、今も凄まじい勢いで成長を続けている。
社会保障と公平福祉という大量の泥をかぶってにあくせくしている私たちの日本よりも、いまや合衆帝国の市民たちのほうが、はるかに物質的な余裕と豊かさを謳歌している――それが、紛れもない現実だった。
そして、何より私を驚かせたのは、彼らの納めている「税金の圧倒的な少なさ」だった。
福祉を切り捨てているからという理由もあるが、国家全体として税率が異様なほど低く抑えられているのだ。
それもそのはずだった。下手に法人税や住民税を高く設定してしまえば、他州との企業誘致合戦で圧倒的に不利になるのは自明の理。
元の日本であれば「税収が減っても、最終的な不利益は国が地方交付金などでどうにかしてくれる」という甘えが通用した。だが、合衆帝国ではそんな甘えは一切通用しない。
企業を誘致できず、住民も集まらず、見るべき産業や資源も無い――そうなった自治体に待ち受けているのは、容赦のない『行政からの放棄』だ。
合衆帝国の中央政府は、各地方の自治をほぼ全面的に認めている。だがそれは裏を返せば、「地方に対するあらゆる責任も放棄している」ということと同義だった。
もちろん、憲法や刑法、民法の制定や改訂、最高裁の運営といった国家の根幹をなす最低限の統治機構や法律は存在する。しかし、地方の山奥にある陸の孤島のような自治体の面倒まで、中央政府がわざわざ税金を投じて見るような慈悲はどこにもないのだ。
「……じゃあ、行政に見捨てられた土地の住民はどうなるんですか?」
私が尋ねると、帝国人の若者はどこまでも当然といった顔で肩をすくめた。
当然、住民には州を跨いで自由に移動する権利が認められている。もし自分の暮らす土地が「放棄地」となり、インフラや治安維持などの行政サービスに不満があるのなら、勝手に移動すればいいだけの話なのだ。
「『嫌なら、条件の良い街へ引っ越せばいい』。……ただそれだけのことですよ」
私が「長年住み慣れた郷土や、代々受け継がれてきた土地への愛着はどうなる」と問うと、彼らは本気で理解できないといった様子で、あっけらかんと笑って言い放った。
「その『代々受け継がれた土地』そのものとその感情に、一体いくらの金銭的価値があると言うんですか?」
――完全に、価値観の前提が違っていた。
感情や伝統よりも、徹底した数字と効率。それが、この過酷な異世界で成長を続ける「合衆帝国」という怪物国家の、偽らざる素顔だったのだ。