日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
同日 シュクシュラ国 ズーン市
政治と外国人――その二つのキーワードが交わる場所で、最も巨大で重い存在感を放つ団体があった。
言わずと知れた、『在日米軍』である。
転移当時、日本国内に展開していた彼ら世界最強の軍隊は、自衛隊と警察の一部が起こしたクーデターに対してどう反応し、どちらの陣営に付いたのか?
答えは、最初は『日本政府に付いた』――だった。だが……。
「……そりゃあ、いい加減、愛想も尽かされるよな」
画面の過去ニュースアーカイブを遡りながら、私は自嘲気味に呟いた。
脳裏に蘇るのは、今から2年前の2048年――私が北海道の居酒屋かどこかで見たニュースの映像だ。
画面の中では、合衆帝国の外交官と米軍の司令官が、にこやかな笑みを浮かべながら締結された条約文書を掲げて握手を交わしていた。
それも当然の帰結だった。どれほど世界最強の装備と練度を誇る米軍であっても、食料と燃料、そして日々の弾薬の補給がなければ、ただの置物に過ぎない。
クーデター発生直後の当時は、文民統制の原則と思想的道義から日本政府側に付いて動いていた米軍だった。しかし、待っていたのは本国(北海道)のあまりに弱腰な態度と、不毛な宗教論争のような政治の空転が招いた深刻な資源高騰・供給不全だった。
「このまま日本政府と組んでいたら、軍財政と兵士が飢え死にする・・・」
寸前のところまで追い詰められた彼らは、ついに単独行動に移った。――すなわち、実効支配力による資源確保を進め、莫大な種類の現代水準物資の生産能力を誇るようになってしまった「合衆帝国」との手打ちへと踏み切ったのだ。
理想や同盟の絆よりも、明日生き延びるための食料と燃料。
彼らの選択は、正義を振りかざしながら自滅の道を突き進む北海道政府に対する、もっとも冷酷で合理的な拒絶回答だった。
当時の報道によると、その条約の内容はあくまで『相互不可侵条約』に近いものだったと記憶している。
だが、帝国側のサイトにはその裏で交わされた実利的な生々しい取引が記載されている。
帝国は、価格が高騰し切った北海道側の粗悪な流通網をバイパスし、自前で構築した強固な帝国物流ルートを通じて在日米軍へ食料や燃料を供給する。
その見返りとして、在日米軍は合衆帝国と多岐にわたる軍事協力関係を締結したのだった。
その協力のリストの中には、あの大型輸送ヘリ『チヌーク』をはじめとする米軍兵器のコピー量産の正式な承認――それどころか、製造における一部の限定的な技術提供までもが含まれていた。
おそらくは『部品供給するのに必要だから・・・ちょっとだけ教えて』とでも囁いたのだろう。
「……自分たちの資源や食料を少しでも効率よく調達させるために、わざわざ帝国という使い勝手のいい『サプライヤー』を育て上げているわけだ。」
画面をスクロールしながら、私は米軍の冷徹な生存戦略に唸らざるを得なかった。
『北海道の日本政府に付き合って共倒れするくらいなら、力と資源を持つ合衆帝国に餌(技術やライセンス)を与えて飼い慣らし、自分たちの補給基地として機能させたほうがはるかに合理的だ。』
世界最強の軍隊は、異世界という極限状態において、自らが生き残るための「最高のパートナー」として合衆帝国に乗り換えたのだ。
そしてその結果として、帝国側は米軍のお墨付きと先進的な一部の軍事技術を手に入れ、より一層その牙を研ぐことになったのだった。
この提携関係の裏でも、やはり『帝国の海外進出のやり方』が巧妙に功を奏していた。
もし帝国が、ただ奴隷を虐げ、使い潰すだけの残虐な独裁国家だったなら――。
それこそ正義を重んじる在日米軍なら、鼻息を荒くして「邪悪なる帝国を打ち倒し、帝国のインフラを接収して第二のアメリカを再建する」といった大義名分を掲げたに違いない。
だが、現実はそうならなかった。
帝国は表面上、非正規雇用という制度のクッションを挟むことで、表立った人道的な虐待を巧妙に回避していた。そのうえ、初期の農作物や鉱物資源の強奪によって得た恩恵は、巡り巡って米軍自身の胃袋をも満たしていたのだ。
自分たちもその甘い汁を吸っている以上、今さら「人道主義」を盾に帝国をやり玉にあげることは難しい。
『そんな背景知らなかった』と白を切り通すこともできたが、そうなればこの物資サプライチェーン網提携から外されるからだ。
さらに仮に、その手段を取り、帝国軍を一掃したとしてその後、人手は足りるのだろうか・・・。やり方を間違えれば、元帝国人や異世界の民を奴隷にするしかなくなる。そうなれば結局は『合衆帝国と同じ構図』になる。ならばその正義はなんだったのか?という話に戻ってしまう。
「……うまくやったものだな。あれじゃあ、米軍だって見ないふりをするしかない」
画面の向こう側のパワーバランスに思い至り、私は一人、暗い部屋で苦笑を漏らす。
そもそも、あの極限状態の中で、あそこまで泥臭く割り切った手段以外に、国家の崩壊を防ぐ方法などあっただろうか。
もっと言えば、あそこまで当時の日本を追い込み、自分たちだけで勝手に自滅していったのは――北の安全圏で高みの見物を決め込み、綺麗事ばかりを並べている本国の政治家連中ではないか。
理想論だけを掲げて現実の泥をかぶることを拒絶し、すべてを先送りにして身動きが取れなくなった北海道の政府。
対して、人道や建前をすべてかなぐり捨ててでも、冷徹な実利と武力で生き残りの道を切り拓いた合衆帝国。
どちらが正しく、どちらが間違っているのか。
画面をスクロールする手を止め、私は冷え切った部屋の中で静かに息をついた。
しかし――その世界最強の米軍でさえ、着実に、そして確実に弱体化の道を辿っていた。
その象徴とも言えるのが、彼らの軍事力の最大の中核であった『原子力空母』の存在だ。
合衆帝国は、米軍との提携関係を結びつつも、彼らをあくまで「他国」として冷淡に扱っていた。そのため、莫大な技術と安全管理が求められる原子力関係の装置や部品の輸出を頑なに拒絶し続けていたのだ。
北海道の日本政府は、米軍を自陣営に繋ぎ止めるための命綱としてそれらの資材を提供しようと足掻いていた。だが、その根幹となる原材料や精密部品、さらには核燃料の調達や使用済み放射性物質の処理に至るまで、結局は帝国の供給網に依存せざるを得ないのが現実だった。
当然、運用コストは「値上がり」などという生ぬるいレベルを遥かに超えていた。
経年劣化による老朽化、この中世文明異世界における原子力空母という巨艦の利用価値の低下、そこに襲いかかる運用コストの倍々ゲーム。
そして――ついに、この日。
『在日米軍、沖縄州に停泊中の原子力空母を正式解体へ』
画面に踊るセンセーショナルなニュースのヘッドライン。
かつて世界に君臨した旧時代の巨兵が、ついに維持不能となって自らその骨組みを解体するという衝撃的な発表が、全世界へと駆け巡ったのだった。
――最強の矛すら維持できなくなった米軍と、それを静かに外堀から埋めていった合衆帝国。
米軍の力を削ぐために意図して外堀を埋め、封じ込めたのだろうか?
「……つい2年前までは米軍だって日本政府側に付いていたんだ。帝国は在日米軍を脅威として警戒していたのは確かだろうから狙っていたのだろう。」
そこまで考えたところで、私はふと、これまで分析していた「あの帝国の冷酷な本質」を思い出す。
たった1隻の原子力空母という、異世界では維持不能なほど豪華で特殊な『1点物』のために、わざわざ専用の生産ラインや供給網を確保するだろうか?
「……絶対、しないな」
私は一人、暗い部屋で首を振った。
あいつらなら間違いなく、他の汎用的な、しかし米軍ご自慢の装備――例えば『F-22』や『オスプレイ』のパーツ生産ラインを優先するはずだ。原子炉の部品を作るにしても、軍艦用ではなく国家全体の『発電所用』に回す。そういう、極限まで無駄を削ぎ落とした超合理主義の国なのだから。
そしてそれは、米軍側にとっても織り込み済みのディールだったのではないか。
米軍としても、食料から燃料、航空機の予備部品に至るまで依存している以上、無茶な要求をして帝国のサプライチェーンを狂わせるような愚は冒せない。万が一にも補給が止まれば、自分たちの生存そのものが危うくなるからだ。
むしろ、維持費ばかりを喰う老朽化した空母をバッサリと切り捨てる代わりに、F-22やオスプレイといった実用的な航空戦力の維持を優先させたのではないか。
それに――もし将来的に帝国が暴虐を働き、討ち倒すべき敵へと回った場合でも、レトロな旧式兵器のコピー品が主力の帝国自衛軍(旧自衛隊)程度なら、ハイテク装備を維持した米軍の航空戦力であっという間に蹴散らせるという計算もあるはずだ。
「……なるほど。双方にとって、これ以上ないほど冷徹で合理的な『トレード』だったというわけか」
巨大な空母の解体という歴史的事件の裏にあった、米軍と合衆帝国による泥臭い算盤の弾き合い。
その真実に思い至り、私は冷え切った画面の前で、静かに深い溜息を漏らした。なぜなら、この両者が腹の中を隠し合う政治をしている側で日本政府は未だにアクションを起こすかどうかを議論しているのだから・・・