日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
同日 千葉県 成田市
長い新幹線の旅を終え、私たちはようやく成田空港へとたどり着いた。
ガラス張りの巨大な窓から外を覗くと、滑走路に並ぶ機体の姿が見える……が、そのどれもがやけに小さい。
それもそのはず。成田に駐機しているのは、大きく見積もってもプロペラ式の中型機ばかりだった。
他国が消え去り、中世レベルの異世界に丸ごとスライドしてしまった今、海外メーカーが誇るジャンボジェットを新規に仕入れることなど不可能だ。かといって、ゼロから大型旅客機を再開発しようにも――
「そもそも、行き先の国外空港設備が貧弱だし、需要もそんなに高くない」
という壁にぶつかり、どう転んでも採算が取れないのだ。幸い、航続距離さえクリアできれば中型プロペラ機でも運用自体はなんとかなる。
ちなみに、現地でクーデターや暴動が起きてガチのピンチに陥った場合は、航空自衛軍の輸送機が民間人救助に飛んでくる手筈になっているらしいが……あまりお世話にはなりたくないものである。
「……これで三時間か。体がバキバキだ」
機内に入ると、予想通りの窮屈さが私を迎えた。ぶっちゃけ、さっきまでの新幹線の方がよっぽどマシというものだ。
しかし、文句は言えない。利用客の需要自体はそこまで爆発的ではないものの、飛ばせる便数が限られているため、機内はいつだって満員御礼。航空会社もギリギリのラインでやり繰りをしているのだ。
格安航空の座席スペースをさらに極限まで削って乗客を詰め込んでいると言えば、その過密さが分かってもらえるだろうか。
もちろん、優雅に機内食を積むスペースなど最初からない。そのため、長時間フライトになる場合は、出発前の空港カウンターで無造作に「弁当」や「保存食」が手渡されるシステムになっていた。
「ほら、田中。搭乗口でもらった弁当だ。今のうちに食っとけ」
「……ありがとうございます」
席に座るやいなや、主任から渡されたずっしりとした包みを開ける。中身は、いかにも生き残りのためにカロリーを詰め込みましたと言わんばかりの茶色い幕の内弁当だった。
プロペラ機特有のけたたましいエンジン音が響き始め、機体がガタガタと揺れ出す。
ここからいよいよ、かつて自衛軍が荒らし回った異世界・シュクシュラ国へと向かう――。
私の胃痛は、飛行機の高度上昇とともに、さらに上のステージへと突入していったのだった。
機内を見渡すと、乗客は見事に全員が日本人――いや、正確には「ほぼ外国人」で構成されていた。
まず、この世界の先住民族である異世界の人々は、そもそも航空機になど乗らない。単純に運賃が高くてお金が足りないというのもあるが、最大の理由は「合衆帝国が、政治的・経済的な都合以外の目的での入国を一切認めていないから」だ。
帝国側が一般の外国人の出入りを許可しているのは、事実上、唯一『日本国』の人間だけである。
一方で、北海道の日本国側も、合衆帝国の人間の入国を頑なに拒んでいた。
理由は極めてシンプル。合衆国を、かつての武力蜂起と略奪を繰り返した『戦争犯罪国』として正式に指定しているからだ。
……だが。
話はそう綺麗に割り切れないのが、大人の(そして国家の)汚いところである。
その「戦争犯罪国」である合衆帝国から、北海道の自給自足だけではどうしても賄えなかった野菜や果物などの作物類、日々の生活を潤す嗜好品、さらには社会を回すための原油や鉱山資源の数々を、日本国はせっせと輸入し続けているのだ。
日本側は「これはあくまで生き残りのための『正当な国家間貿易』である!」と必死に言い張り、
売る側の合衆帝国からすれば「こっちを犯罪者呼ばわりしようが勝手だが、外貨(あるいは物資)を落としてくれるなら客としては大歓迎だ」という、お互いに目を背け合う冷めた心境で成り立っている。
「……要するに、お互い口では綺麗事を並べ立てながら、裏ではズブズブの関係ってやつですね」
隣の席で、私は密かにため息をついた。
「大きな声で言うな、田中。これでもうすぐ、その『戦争犯罪国』の空域をかすめて、シュクシュラ国に入るんだからな」
主任が苦笑いしながら窓の外を指さす。
機体の下には、広大な合衆帝国の本土――かつての日本列島が、異世界の空の下で異様な威圧感を放ちながら広がっていた。
同日 ズストラ大陸 シュクシュラ国
ついに私たちは、異世界の地へと降り立った。
……もっとも、足元に広がっているのはコンクリートの滑走路で、地球の地方空港と何ら変わりはないけれど。
タラップを降りて最初に視界に飛び込んできたのは、合衆帝国が保有する武骨な軍用機だった。国力がカツカツな現状、わざわざ軍用と民間用で空港を分けて建設する余裕などない。
空港の周りに頑丈な要塞バンカーの類いもなく、佇まいは完全にローカルな地方空港そのものだった。
「――ん? 日本?」
シュクシュラ国側の入国審査官は、私たちが差し出した見慣れないパスポートを見て、首を傾げた。
主任が手際よくパスポートを開き、その中にしっかりと押された「合衆帝国の通過サイン」を見せる。
「ああ、アチラの方ですか。どうぞ」
質問はゼロ。拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。
これも事前の想定内ではある。
かつて突然やって来て、作物を根こそぎ奪っていった侵略民族――。
当然、現地の人々から恨みを買っているはずなのだが、ガチで敵意を剥き出しにしてくるのは「当時の被害を直に受けた政治関係者」や「泥をかぶった農民たち」くらいのものなのだ。
こうした入国管理官のような、かつてこの世界になかった『新しい職業』に就いているのは、大抵が平民から這い上がってきた若者たちだ。
憎らしいことに、合衆帝国は自らの物流やインフラを円滑に回すための仕事に対して、現地の相場よりもそこそこ高い賃金を支払っている。本国の人間からすれば「はした金」なのだろうが、中世レベルの現地民からすれば、目玉が飛び出るほどの高給だ。
その結果、彼ら若者世代の心理はどうなるか。
——『子供のころに少しドンパチがあったらしいけど、郊外の農場が荒らされただけで、ウチは別に実害はなかったし。それどころか、いまじゃウチらに安定した高給と裕福な生活を提供してくれた最高のお得意様だけど?』
そんな、最高にドライで現実的な割り切りが完成してしまうのである。
「……歴史の恨みより、目先の紙幣(あるいは物資)ってわけですか」
小声でぼやくと、主任は苦笑いしながらパスポートを受け取った。
「世界中どこに行ったって、経済を回すのはそういう若者さ。行くぞ、田中。ここからが本番だ」
こうして私は、かつて荒らされた因縁の土地で、かつて日本を捨てた同胞たちが作った経済圏の恩恵を受ける、なんともシュールな異世界ビジネスの第一歩を踏み出したのだった。
「これを日本円からシュクシュラ通貨に両替してほしいのですが」
私たちは空港内の両替カウンターへと赴き、分厚い札束を差し出した。
カウンターの向こうで窓口職員が取り出したのは、キラリと鈍い光を放つ各種の『鉄貨』だった。単位は『ゴフ』というらしい。
なぜ紙幣や金貨ではなく鉄貨なのか。
理由を聞けば、合衆帝国の通貨『金(きん)』の価値がこの世界に対して高すぎゆえ、従来の金銀銅ベースの通貨でそのまま貿易をすると、こっちの資産力で現地の貴金属コインが瞬く間に吸い尽くされてしまう恐れがあったからだ。
かといって、まだ現地の技術では紙の大量生産が安定しない。そこで「万が一失っても国としてそこまで痛くないもの」として考案されたのが、この鉄貨制度だった。価値そのものは、鉄の純度や形状、刻印の精密さによって厳密に定義されているらしい。
そして、提示されたレートを見て、私は思わず二度見した。
『1円 = 28金 = 0.00096ゴフ』(1ゴフ=1000円ほど)
文字通り、日本から1万円札を一枚握りしめてこのシュクシュラ国に移住でもしようものなら、現地では10年くらいは遊んで暮らせるだろう。
「……主任、これって」
「ああ。向こうの経済規模から見れば、俺たちの持っている日本円は文字通りの『超絶ドル箱』ってわけだ」
窓口でゴフ鉄貨の入ったずっしりとした袋を受け取りながら、私は遠い目をした。
襲撃されて畑を荒らされた因縁の相手でありながら、彼らにとっては「圧倒的な富をもたらす大口の顧客(ただし通貨の単位がおかしなことになっている)」。
そんな歪な関係性のなかで、私たちの農作物買い付けビジネスの幕が、今まさに切って落とされたのだった。