日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
翌週 シュクシュラ国 ズーン市
「くそ……またやられたのか……」
提携先の農業企業から送られてきた惨状の報告書を受け取り、私は思わず毒づいた。
泥質調査の末に開拓を進め、代用カカオや代用コーヒーの苗を植えるのに最適な候補地は見つかった。実際に試験栽培をスタートさせ、苗が順調に育ち始めていることまでは確認できていたのだ。
だが、順調に作物が育ち始めたからこそ――それを狙って押し寄せてくる『獣害』という新たな問題が牙を剥いていた。
帝国軍が大小のヘリコプターを投入し、24時間体制で隙なく空から哨戒を行っている帝国管理エリアに隣接したエリアでは、獣害の発生率はかなり低い。
その代わり、日本側が管理するエリアの中でもに帝国エリアから離れるにつれて、害獣による被害は一気に跳ね上がっていく。
理由はあまりにも明確だった。
異世界の凶暴な獣たちすら、あの頭上を叩く爆音と、たまに威嚇代わりに叩き込まれる機銃掃射の恐ろしさを学習してしまったのだ。帝国エリアに近づくと痛い目に遭うが、同じ沼地が広がる日本側のエリアへ逃げ込めば安全だと理解しているのである。
「防衛省や農水省は文句を言っているが……帝国側だって、別に嫌がらせで日本エリアの哨戒をサボっているわけじゃないんだよな」
報告書をタブレットに伏せながら、私は重い溜息を吐き出した。
帝国側のスタンスは最初から一貫している。
『哨戒を広げてほしいなら、正規の手続きで軍部へ有償の警備依頼を出してください』――ただそれだけだ。意地悪で断っているのではなく、「金を払うならビジネスとしてやってやる」と言っているに過ぎない。
タダで安全を手に入れようとし、後手に回る本国の対応。
そして、対価さえ払えば軍隊の火力すら警備会社のように提供する合衆帝国の冷徹なまでの合理性。
その板挟みになり、丹精込めて育てた苗を獣に荒らされる現場の叫びを聞きながら、私は胃の痛む思いで次の一手を考えざるを得なかった。
ネズミや小型の害獣、そして未知の小型モンスターどもが、作物の実どころか若い葉や根までも食い荒らそうと畑に群がり――そして、その群がる小動物たちを絶好の『獲物』と見定めたワイバーンが上空に集まってくるのだ。
ひとたびワイバーンが獲物に狙いを定めれば、巨大な巨躯を閃かせて上空から急降下強襲(ダイブ)を仕掛けてくる。
そうなれば最後、鋭い爪と巨体によって周囲の土壌そのものが荒々しくひっくり返されることになり、植えたばかりの繊細な苗などひとたまりもなく吹き飛んでしまう。
帝国エリアの境界付近でも小動物による食害自体は発生している。それにもかかわらず向こうの畑が無事なのは、ワイバーンが近づけないからだ。
つまり、この惨状の真因は小動物そのものというより、彼らを追って暴れ回るワイバーンという『空の脅威』にあると言わざるを得なかった。
「……殺鼠剤は、もうこれ以上強いやつを撒くわけにはいかないしな」
現場を仕切る協力会社の担当者が、泥のついた作業帽を脱いで深く頭を抱え込んだ。
すでに強力な農薬や殺鼠剤は限界まで投入している。しかし、異世界の生態系の繁殖力と侵入速度には到底追いついていないのだ。
これ以上薬の濃度や撒く量を増やせば、小動物を退治する前に、肝心の代用カカオやコーヒーの苗の方が『薬害』で先に根を上げて枯れてしまう。
「……やはり、根幹であるワイバーンをどうにかするしかないか」
現場の主任もまた、腕を組んで深い溜息を吐き出す。
ネズミを毒殺してもワイバーンは飛んでくる。
かと言って農薬を強めれば苗が死ぬ。
万策尽きた現場の暗い空気の中で、私たちは『上空の巨大害獣をどう排除するか』という、農業の領域を超えたミリタリー級の課題を突きつけられるのだった。
翌週 シュクシュラ国 ズーン市
「そうですか……補助金、ですか……」
日本の本社からの連絡を受け、主任が苦々しい顔で受話器を置いた。
結局、私たちは帝国軍のヘリコプターによる有償哨戒と害獣駆除を正式に依頼することになった。
――もちろん、すべて如月商事の自腹で、だ。
一応、本国の日本政府も今回の獣害対策に対して『補助金』を組むと発表しはした。だが、提示された補助率はたったの【5%】。
文字通り、雀の涙ほどのお手盛り予算だった。
「……主任。本当にいいんでしょうか、これで……」
私は納得のいかない表情で主任に詰め寄る。
「言いたいことは痛いほど分かるぞ、田中。だが……こうするしかないんだ」
主任は疲れた手で目頭を押さえ、深く重い溜息を吐き出した。
このまま本国のトロい手続きや議論を待っていたら、ノルマとして課されている代用カカオとコーヒーの開拓・収穫スケジュールに到底間に合わないことを、現場の人間は誰よりも知っている。だからこそ、背に腹は代えられず、企業自らが身銭を切って帝国の軍事力を『購入』する決断を下したのだ。
――『国のための国家プロジェクト』と大層な看板を掲げておきながら、現場の焦りと困窮に付け込むように、たった5%の後出し補助金で「仕事をしました」と胸を張る日本政府。
テレビの国会中継でも、政府のこの冷淡な対応は野党から激しく糾弾されていた。
『国家プロジェクトであり、現地に自衛隊すら派遣しているほどの重要案件において! 現場の民間企業に対する害獣・安全対策の補助がたったの5%というのは、あまりにも少なすぎるのではないでしょうか!?』
画面の中でパネルを掲げる野党議員の詰め寄りに対し、答弁に立った財務大臣は、官僚が作った想定問答集を淡々と棒読みする。
『自衛隊を現地へ派遣するだけでも、すでに国としては巨額の予算と負担を投じております。その安全性と基盤を提供している時点で、我が国としては十分すぎる補助を行っていると認識しております』
――画面の中で繰り広げられる、あまりにも現場とかけ離れた不毛な水掛け論。
「……『十分すぎる補助』、ねえ」
ズーン市のプレハブ事務所でその中継を眺めていた私は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
国が巨額の予算を投じて派遣してくれた自衛隊は、法の縛りと本国の安全基準(お役所仕事)のせいで末端の哨戒基地で小銃弾の箱を抱えてすくみ上がっている。その小銃弾すら帝国が製造したものという有様。
そして、その足元でワイバーンに農地をひっくり返された民間企業は、国に見捨てられた結果、身銭を切って帝国の軍事ヘリのパトロール権を買っているのだ。
テレビの前の政治家たちには、この異世界の現場で流れている泥と汗と金の音が、何一つ届いていないようだった。