日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
翌日 シュクシュラ国
――シュクシュラ国での本格的な一日が始まった。
ハースン市で一夜を明かした私たちは、いよいよ首都へと向かうことになったのだが、昨日の今日である。またあの激しく車体が揺れる劣悪な下道を行くのかと思うと、私は出発前から胃が痛くなるような憂鬱さに襲われていた。
「あの……主任、今日もあのガタガタ道で行くんですか?」
「いや、昨日みたいな農道がこの先もずっと続くとなると、流石に効率が悪すぎるな……」
そんな私たちの様子を察してか、セセトさんが絶妙なタイミングで助け舟を出してくれた。
「皆様、昨日の農村の光景をご覧になりましたが、あれがこの国のほぼスタンダードですよ。さらにこの先にある峠道なんて、車はもちろん馬車ですら通るのがやっとの難所ですからね」
「そうか……。流石にそこで立ち往生したり事故ったりしたら、シャレにならんか」
主任もさすがに一歩を引き、結局私たちは、快適なアスファルトが敷かれた『有料道路』を使って首都へ向かうことになった。
車窓から見る景色は、先ほどまでの泥臭い農道とは打って変わって、驚くほど滑らかでスムーズだった。
しかし、快適な車内でふと地図を確認していた私は、奇妙なことに気づいて首を傾げた。
「あれ? セセトさん、この有料道路って……どうして首都に直通していないんですか? 政治の拠点なんですから、一番最初に繋ぐべき場所なんじゃ……」
私の疑問に、セセトさんは苦笑しながらハンドルを切った。
「それがですね、あそこの周辺の農地で採れる作物は、首都近辺の住民たちの消費でほぼ使い切る計算になっているんです。つまり、帝国側からすれば『わざわざ巨額のコストをかけて高速を伸ばしても、買い付ける余剰食料がない。利益にならない』ということらしいですよ」
政治的な体面や首都の権威など一切考慮せず、ただ「カロリーと利益が出るかどうか」だけでインフラの線を引く。
政治的意図が完全にゼロの、あまりにも突き抜けた現実主義。
「……徹底してるというか、何というか、ブレない国だな本当に」
私はため息をつきながら、滑らかなアスファルトの振動を感じつつ、首都へと続く高速道路の車窓に目を向けるのだった。
有料道路を走ることおよそ2時間。私たちは中継地点であるサービスエリアで小休憩を取ることにした。
そこで私は、いかにも「異世界」らしい、しかしどこか見覚えのあるシュールな光景を目撃する。
「うわ……あんな派手派手なドレス、今の時代にコスプレだってここまで気合入れないだろ」
「ああっ、あれは貴族様ですね」
セセトさんが指差した先では、ひらひらのレースと宝石をこれでもかとあしらった衣装をまとった人物が歩いていた。
聞けば、数年前に王政府は打倒されたものの、だからといってすべての貴族がまとめて消え去ったわけではないらしい。王家が失墜するのを好機と見た「反王族派」の貴族たちは、旧体制側を裏切ることでちゃっかり自分たちの既得権益を守り抜き、生き残りを果たしていたのだ。
結果としてどうなったか。
民主化されたはずの今のシュクシュラ国では、国家主席ですらその貴族たちの集まりによる「選挙」で選ばれる体制になっているという。結局のところ、いくら綺麗事の看板を掛け替えても、この世界では金と権力、そして「血筋」がモノを言う現実の構造は1ミリも変わっていなかった。
「――そりゃあ、貴族様はまだまだ金を持ってるわけだ」
納得しながら眺めていると、その「お貴族様」は、なんと帝国製自動車ブランドの中でも『最高級のセダン』の後部座席から、悠然と降り立ったところだった。もちろん、専属の運転手付きである。
帝国の合理主義と、地元の古い特権階級が、奇妙なねじれを生み出しながらガッチリと手を組んでいる。
休憩スペースの自販機で買った冷たい缶コーヒーを片手に、私はこの国が抱える根深い闇と複雑なパワーバランスを改めて噛み締めるのだった。
サービスエリアを出発し、滑らかなアスファルトの道を再び走り出した車内で、私は助手席の背もたれに体を預けながらセセトさんに問いかけた。
「――すみません、セセトさん。この国の農民たちの今の暮らしって、実際はどうなってるんだ?」
「そうですね。基本的には、みんな帝国企業の『従業員』ということになっていますよ」
やっぱりそうか、と私は内心で頷いた。
「土地を持っている農家は、意地でも守り抜こうとするんじゃないのか?」
「いえ、それが逆なんですよ。持っている土地は、みんな喜んで帝国企業に売ってしまいますね」
思いがけない答えに、私は思わず首を傾げた。
「売る? どうしてです? 先祖代々の土地では?」
セセトさんは苦笑しながらルームミラー越しに私を見た。
「理由は簡単です。帝国の農地で採れる作物は、品種も量も、何もかもがケタ違いに質が良いんです。もし頑なに自分の土地にしがみついて個人経営を続けたりしようものなら、品質の圧倒的な差で市場から弾き出され、周囲の元・小作人以下の収入にまで落ちぶれてしまう。それなら、いっそ土地を企業に売り払って、そこの『従業員』として決まった給料をもらう方がよっぽど安全で儲かるんですよ」
――なるほど。
帝国は武力で土地を奪ったわけではない。ただ圧倒的な技術と資本を持ち込み、「個人で勝負しても絶対に勝てない格差」を目の前に突きつけただけだ。
農民たちは誰に強制されることもなく、自らの頭で計算し、自発的に「帝国の歯車」になる道を選ばされている。
暴力的な支配よりも、よっぽど逃げ場のない残酷な経済合理性。
「……綺麗事の独立や革命なんて言葉よりよっぽど、この『資本の論理』の方がこの世界を塗り替えてるってわけか」
私は窓の外に広がる、どこまでも整然と管理された帝国の農地を眺めながら、商社マンとしてこの巨大なシステムに関わることの重みをヒリヒリと感じるのだった。
途中、休憩を挟みながら走ることおよそ6時間。
いつの間にか、私だけでなく主任も、そして助手席のセセトさんも深い眠りに落ちていた。
次に目を覚ましたのは、車体がガタガタと激しく揺れ始めた時だった。
そう……高速道路を降り、再びあの劣悪な下道に戻ったのだ。容赦ない振動が、心地よい眠気を綺麗に吹き飛ばしてくれる。
「うう……着いたのか?」
私は頭を揉みほぐしながら、窓の外に目をやった。
「これが……首都近郊、ですか」
そこに広がっていたのは、ハースン市の近代的な区画とはまったく異なる光景だった。
道沿いには古めかしい土壁で作られた家々が並び、所々に威圧感を放つ少し高い砦がそびえ立っている。すっかり日が暮れていたためタクシーはヘッドライトを煌々と照らしているが、肝心の街のほうにはほとんど明かりがない。
辛うじて家々の窓からわずかな漏れ光が確認できるが、あれは電灯の光ではない。蝋燭やランプといった、昔ながらの自然な光源の揺らめきだ。
「あ、起きました? 実は、私の実家もこの辺りなんですよ」
バックミラー越しに、セセトさんが苦笑しながら声をかけてきた。
聞けば、この周辺はシュクシュラ国の平民層の中でも、まだ比較的ゆとりのある「中級以上」の者しか入居が許されないエリアなのだという。
だからこそ、ハースン市で合衆帝国が厳しく敷いていた「入市制限」のシステムも、セセトさんたちにとってはどこか他人事ではなく、自分たちの生活に直結したリアルな規制として身近に感じられているらしい。
近代的な帝国経済の恩恵を受けつつも、一歩足を踏み外せば泥臭い中世の秩序が息を潜めている。
首都の玄関口が持つその独特の澱みを感じながら、私たちは闇夜に包まれつつある首都の中心へと車を走らせるのだった。