一九三三年三月二十五日、ジュネーブで四つの提案が読まれた。
日本の孤立は、先へ延びた。
延びただけだった。関東軍は止まらなかった。政府は倒れ続け、新聞は次の英雄を探し、若い将校は次の的を選んだ。大陸の泥は深くなり、八年後の十一月、六隻の空母を含む大艦隊が北の湾を出た。
行き先は、真珠湾である。
だが——八年の間、誰かが別の紙を書き続けていたとしたら。
第一章 渙発されなかった詔書
東京 一九三三年(昭和八年)五月〜十月
四点提案は、世界の目を満洲問題から、少しだけ逸らした。
それだけだった。
熱河作戦の後、五月の末には長城の南で停戦協定が結ばれ、塘沽という小さな町の名が、勝利の地名として紙面に刷られた。満洲国は満洲国のまま、建国二年目の国境を固めていった。ジュネーブで四十二の首都が同じ島の名前を口にした春、大陸の地図は、提案とは無関係に、一線ずつ書き換えられていった。四十二の首都の紙面も、一週間で別の記事に移った。
そして東京の机の上には、一枚の文案が残っていた。
国際聯盟脱退ニ関スル詔書。
詔を広く臣民に発することを、役所は渙発と呼ぶ。詔勅にしか使われない言葉である。
脱退を方針と定めた三月二十日の閣議決定は、取り消されていなかった。渙発の前には、枢密院に文案を諮る手続き——諮詢——が要る。その諮詢は、文案の再検討を理由に二日延ばされ、二日が一週間になり、一週間が一月になったまま、誰も日取りを口にしなくなっていた。
*
五月の初め、横浜港の桟橋には、二種類の新聞が着いていた。
一方の一面には「松岡全権帰る ジュネーブに何を得たる」とあった。もう一方には「四点提案 欧米に反響」とあった。同じ船を同じ埠頭で待ちながら、二つの紙面は、別々の男を待っているようだった。
人は出ていた。在郷軍人会の幟が二本、風に巻かれたまま立っていた。万歳を用意してきた喉と、罵声を用意してきた喉が、同じ人垣の中で隣り合っていた。どちらも、まだ声になっていなかった。船が着いてみなければ、どちらの声を出すべきか、誰にも分からなかった。
タラップの中程に松岡が現れると、写真班のマグネシウムが焚かれた。
「全権、脱退はなさらんのですか」
と記者の一人が叫んだ。
松岡は足を止めた。小柄な体が、群衆を見下ろした。
「満洲国が認められん限り、日本がいずれ連盟を出ることは変わらん」
声は、演壇の声だった。
「——だが、今ではない」
万歳が三つ四つ、上がりかけて、揃わなかった。罵声もひとつ飛んで——売国奴、と聞こえた——続かなかった。群衆は、開きかけた手を持て余していた。怒るには、まだ何も失われていなかった。称えるには、昨日までの紙面が邪魔だった。
黒瀬誠一郎は、後続の乗客に混ざって桟橋に降りた。
三十五歳、外務省書記官。手荷物は鞄がひとつ。誰も名前を呼ばなかった。ただ、人垣の外に私服の男が二人立っていて、その一人が、胸の内ポケットから出した写真と黒瀬の顔を、無造作に見比べた。
視線が合った。男は目を逸らさなかった。
黒瀬は歩いた。
人垣の反対の端に、立花がいた。ノートを持ったまま、書いていなかった。あの朝——三月二十八日の朝刊で、立花は事実だけを書いた。提案は四点である。脱退の通告は行われていない。各国の反応は分かれている。署名入りのその原稿は三面に回され、一面には主筆の論説が載った。見出しは「軟弱外交、極まれり」だった。
同じ社の、同じ日の紙面だった。
立花は黒瀬に気づき、気づいたことを顔に出さなかった。黒瀬も同じようにして、人垣の外へ歩いた。
*
登省の初日、黒瀬は三階の会議室に呼ばれた。
辞令は、本省の条約局勤務だった。在外から呼び戻す形としては、栄転でも左遷でもない、色のない辞令だった。色は辞令の外に付いていた。廊下ですれ違う職員が、一様に視線を外した。外さない者は、外せない者だった。どちらも同じ意味だった。
会議室には田中大佐がいた。
一人ではなかった。机の端に、陸軍省軍務局の中佐が二人座っていた。知らない顔だった。しかし肩の張り方で分かった。田中の部下ではない。上から付けられた人間だ。
「座れ」と田中は言った。
黒瀬は座った。
「上海以来だな」
黒瀬は答えなかった。
田中は机の書類を滑らせた。縦書きの罫紙が五枚、陸軍省の書式だった。表題に「外務省員ノ帝国利益ニ反スル提案行為ニ関スル件」とあった。
黒瀬は五枚を読んだ。三分かかった。四点提案の各項が、帝国陸軍の戦略的利益を毀損するものとして列挙されていた。ハワイ共同統治は「対米従属外交ヘノ途」。樺太移譲は「北方防衛線ノ自発的放棄」。南洋監視受け入れは「軍事行動ノ自縄自縛」。アイヌ自治区は「国内分断ノ誘因」。
論理の構造は整っていた。前提が違うだけで、論理は整っていた。
「以上が陸軍省の見解だ」と田中は言った。「言うことはあるか」
「一点だけ」と黒瀬は言った。「これは松岡全権の発言です。私は原稿を書いただけです」
「それが外交官の答えか」
「はい」
沈黙が来た。中佐の一人が手帳に何か書き、書き終わるまで、田中は待った。
「松岡は守られる」と田中はやがて言った。「あの男は使える。世論の半分は、まだあの男の側にある。だが黒瀬、お前は違う。お前を守る世論はない。お前の名前を知っている国民は、一人もいない」
「存じています」
「樺太の話は。お前は本気であの提案が機能すると思っているのか」
「はい」「根拠は」「三つあります」と黒瀬は言った。
「一つ目。北樺太の石油です。」
「帝国海軍の重油需要のおよそ半分を北樺太が供給しています」
「その利権を維持しながら土地を移譲する仕組みを作れます。
海軍が反対しない理由です」
田中大佐が微かに動いた。動いた、というより止まった。
「二つ目。ソ連との緩衝地帯です。」
「直接の国境を持つより、第三者の国家を間に挟む方が安全だ。これは陸軍が最もよく知っているはずです。満洲西北の国境線がいまどういう状態にあるか——」
「それは外務省の管轄ではない」と田中大佐は遮った。
「三つ目」と黒瀬は続けた。
「ユダヤ資本です。化学、金融、医療。これから日本が必要とする技術は、すべてそこにある。樺太を受け入れ先にすることで、その資本と技術が日本経済圏に入ってくる。これは陸軍にとっても、後方支援の強化につながります」
沈黙。田中大佐は黒瀬から視線を外した。中佐の一人を、一秒だけ見た。中佐は動かなかった。それだけだった。
田中大佐は書類を取り上げた。「言いたいことはそれだけか」
「はい」
「詔書は熟している」と田中は言った。「閣議決定は生きている。枢密院の日取りが決まれば、渙発まで三日だ。お前たちが稼いだのは時間だけで——時間は、こちらにも流れる」
黒瀬は答えなかった。
「出て行け」
立ち上がって、ドアに向かった。
「黒瀬」と背中で声がした。「上海の綴りは、まだ私の抽斗にある」
黒瀬はドアを閉めた。廊下の窓の外に、葉桜が見えた。花の季節は、船の上で終わっていた。
*
その日の夕方、幣原喜重郎から電話があり自宅へ呼び出された。
元外務大臣は、職を辞して一年半になる。「幣原外交」と呼ばれた協調路線を七年推し、満洲事変の収拾に失敗して省を去った。残っているのは貴族院議員の肩書だけだった。しかし外務省の廊下では、現役の大臣より重い存在感を持つ名前だった。
応接間は本が多かった。英語とフランス語の背表紙が棚の上段を占め、日本語はその半分だった。部屋には古い紙の匂いが澱んでいた。和書とは違う、洋書の乾いた紙の匂い——神田の店の、奥の棚の匂いだった。父の店と元外相の応接間が同じ匂いをしていることに、黒瀬は妙な落ち着きを覚えた。
幣原は、茶を自分で運んできた。
六十一歳の元外務大臣が、盆を持って長い廊下を歩いてくる。茶碗の鳴る音が、足音より先に届いた。黒瀬は立ち上がった。
「座りなさい」と幣原は言った。「日曜は、家の者を使わんのです。使わない日を決めてあるのですよ」
運ぶ人間がいなければ、聞く耳も入らない。
茶は、少しぬるかった。悪くない茶だった。
「田中大佐は何と言ったか」
黒瀬は一字一句を再現した。幣原は茶を飲みながら聞き、聞き終えて、しばらく黙った。
「『時間はこちらにも流れる』か」とやがて言った。「大佐にしては、正確な認識だ」
「詔書は、止められますか」
「いいかね。詔書というものは、渙発されるまでは存在しない。しかし、文案が破棄されるまでは、死なない。あれを殺すには、脱退方針そのものを覆す閣議決定が要る。そんな決定を打てる内閣は、いまの日本にない。あれを生かすには、枢密院の日取りを決める度胸が要る。斎藤さんは、その度胸を出さないことに、度胸を使っている」
「宙吊りですか」
「宙吊りだ。宙吊りは、外交の別名だよ」
窓から庭が見えた。桜は幣原邸でも散っていた。庭師が花びらを掃いていた。黙々と。表情がなかった。
「先生は四点提案をどう見ていますか」と黒瀬は聞いた。
幣原は少し間を置いた。「ハワイは難しい。アメリカが本気で受け取るかどうか、私には確信がない。しかし樺太は——」幣原は窓の外を見た。「あの島を日本が持ち続ければ、いつかソ連と正面から衝突する。それは避けられん。緩衝地帯を作るという発想は、外交の基本だ。なぜ陸軍にそれが分かんのか、私には分からん」
「陸軍は緩衝地帯より前進基地を好みます」
「そうだな」と幣原は言った。静かに。悲しいと言っているような静かさだった。
「佐藤尚武が、この秋、パリへ移る。ジュネーブまで汽車で半日だ。連盟の内側は、引き続きあの男が見る。近衛文麿は、まもなく貴族院の議長に就く。あれは風を読む男だ。いまの風は、孤立より提案に吹いている。ドイツの脱退が近い。イタリアも怪しい。その中で日本が残ったという事実は、思った以上に国際的な印象を強めている。少なくとも、あの男はそう読んでいる」
「近衛公が」と黒瀬は言った。意外だった。隠さなかった。
「最後の駒は、海軍だ」と幣原は言った。「陸軍の圧力を圧力のまま終わらせない。海軍が黙って動かなければ、詔書の日取りは決まらない」
「海軍の誰と、どう動くべきでしょうか」
「君は手土産をもう持っている。北樺太の油田だ。——ジュネーブで君は、海軍が反対しない図面を描く、と松岡君に言ったそうだね」
「言いました」
「なら、その図面を持って行きなさい。海軍は思想では動かん。油で動く」
幣原は名刺の裏に、万年筆で名前を書いた。
堀悌吉、とあった。
*
七月、黒瀬は芝に出かけた。
増上寺の門前は蝉時雨だった。電車通りの埃と日差しを一本裏へ抜けると、海軍クラブの門柱に錨の紋が浮いていた。
通された個室は窓が小さく、外の光が弱かった。煙草と、古い木と、それから微かに塩の匂いがした。壁に軍艦の写真が一枚だけ掛かっていた。
海軍省軍務局長は、先に来ていた。
堀悌吉は痩せた男だった。制服より、書斎の上着が似合いそうな体だった。話す前に一拍置く癖があった。隠すためではなく、言葉を選ぶ習慣が骨まで染みているのだと、最初の三分で分かった。
「北樺太の石油の話を聞きたい」と堀は言った。前置きはなかった。
幣原の読みの通りだった。
「はい」
「樺太を移譲したあと、利権はどうなる」
「二国間協定で維持します」と黒瀬は言った。「土地の主権と、資源の採掘権を切り離す。先例はあります。中東で英国がやっていることと、構造は同じです」
一拍。
「英国の例は、支配の道具だ」
「そうです。しかし切り離しの技術だけは、支配の外でも使えます」
「ソ連が呑む保証は」
「三角構造です」と黒瀬は言った。「ユダヤ系資本のソ連工業への投資。緩衝地帯の保証。石油の優先購入権。三つを与えて、黙認を買います」
堀は一言も遮らずに聞いた。聞き終えて、長い一拍を置いた。
「その三角形は、誰が描いた」
「私です」
「北樺太の油は、ほぼ全量を海軍が買っている」と堀は言った。「その事情を、最初から図面に入れていたのか」
「入れていました。海軍が反対しない図面でなければ、描く意味がありません」
堀は初めて、笑いに似たものを口の端に見せた。
「私は海軍では変わり者でな」と堀は言った。「兵学校の生徒の時分に、戦争は罪悪だという作文を書いた。教官には随分絞られたが、いまだに撤回していない」
それから、小さな窓の外へ目をやった。
「いま、海軍の法廷で、総理を撃った者たちの公判をやっている」と堀は言った。「新聞は毎朝、被告の身の上を美談に書く。減刑の嘆願書が、何十万と集まりつつある。撃った側に署名が集まって、撃たれた側の名前は、もう紙面にない」
一拍あった。
「世論と新聞がこの調子である限り、渙発を望む声は消えん。むしろ育つ。君らの相手は陸軍ではないよ、黒瀬さん。陸軍は世論の顔色を見て動く。順序が逆に見えるだけだ」
「承知しています」
「北樺太の件、書類にしなさい」と堀は言った。「判を押せるうちに、押しておく」
「押せるうち、とは」
堀は答えなかった。答えの代わりに立ち上がり、帰り際に一度だけ振り返った。
「私のような者が制服を着ていられる季節は、そう長くない。急ぎなさい」
クラブを出ると、潮と重油と鉄の匂いがした。
黒瀬は駅までの道を、来たときより速く歩いた。
*
八月、右翼系の雑誌が、黒瀬の名前を初めて活字にした。
「外務省内ノ売国官吏」という見出しの下に、経歴が並んでいた。上海勤務。全権随行。四点提案の起草者、と断定してあった。
誰が渡したか、考えるまでもなかった。陸軍省の書式で書かれた五枚の罫紙と、同じ順序で並んでいた。
宿舎に、差出人のない葉書が届き始めた。文面は似ていた。国賊。非国民。天誅。書いた人間は、互いを知らないはずだった。知らない人間たちが、同じ言葉を書いた。言葉が先にあって、書く手が後から集まっているのだった。
人事課の課長が廊下で黒瀬を呼び止め、身辺に注意されたい、とだけ言った。それ以上は言わなかった。省として守る、とも言わなかった。
週末、黒瀬は神田の古本屋に寄った。
父は店番をしていた。棚の間の狭い通路に、夏の埃が立っていた。
「変わりないか」と黒瀬は聞いた。
「本は売れん」と父は言った。「昔からだ」
それだけだった。帰り際、店先の硝子に、剥がした紙の糊の跡が残っているのに気づいた。四隅だけ、白く残っていた。何が貼られていたのかは、聞かなかった。父も言わなかった。
糊の跡は、四隅とも、新しかった。
*
九月の半ば、内田外務大臣が辞任した。
表向きの理由は健康だった。国を焦土にしても譲らず、と議会で答弁した老外交官は、脱退の詔書を宙に浮かせたまま省を去った。後任は広田弘毅だった。就任の挨拶で新大臣は「和協」という言葉を使い、脱退にも、詔書にも、触れなかった。
触れないことが、取引の中身だった。
夜、黒瀬は松岡の私邸に呼ばれた。
「陸軍は、大臣の首と引き換えに渙発の即行を求めた」と松岡は言った。「斎藤さんは首だけ渡して、渙発は『当分、行わず』で押し通した。方針としての脱退は生きている。詔書も生きている。ただし——当分、眠る」
「当分、とは」
「誰も期限を切らなかった。切らないことが、双方の逃げ道だ」
松岡は立ち上がり、書斎の金庫を開けた。中から封筒をひとつ出して、机に置いた。封は、切られていなかった。
「ジュネーブの夜に書いた辞表だ。私のと、佐藤のと、お前のと、三通ある」
松岡は封筒を、また金庫に戻した。
「日付は、まだ空いている。空いたまま、預かっておく。詔書が眠っている間は、これも眠らせておく」
金庫の扉が閉まる音がした。思いのほか、軽い音だった。
宿舎に戻ったのは深夜だった。
金庫の中に、上海から持ってきた小瓶がある。ジュネーブの冬、ミリアムと原稿を磨いた十日の間、瓶は毎晩一本づつ減った。横浜に着いてからは、金庫に入れたきり、開けていなかった。
今夜、黒瀬は金庫を開けて、小瓶を一つ上着の内ポケットに移した。
栓は開けなかった。頭の中で、葉書の文字が——国賊、非国民、天誅——三つの言語に勝手に訳されては、騒いでいた。騒ぎを止める方法を、体はとうに知っている。知っていることと使うことの間に、今夜はまだ、一枚の境目が残っていた。
境目を残したまま、黒瀬は灯りを消した。
*
十月十四日、ドイツが国際連盟からの脱退を宣言した。
ラジオがベルリンの声明を伝え、翌朝の紙面は大きく割れた。割れ方が、春とは違っていた。
独逸、決然たり——と一紙が書いた。別の一紙は「脱退の先陣、独逸に帰す」と書いた。悔しがっている、と読める書き方だった。日本が半年ためらっている間に、決断を先に取られた。紙面の底に、そういう温度が流れていた。
外務省の廊下で、若い書記官が電文の写しを届けに来た。ジュネーブ経由、パリ発だった。着任したばかりの佐藤尚武の、短い私信が添えられていた。
——最初に出て行く大国は、日本ではなくなった。君たちの半年が、それを決めた。
黒瀬は窓の外を見た。十月の空は高かった。
内閣の金庫のどこかで、渙発されなかった詔書は、眠ったまま二百日を超えていた。
火・木・土曜 朝6時更新。(全20話/11月12日完結予定)
n o + e 記事 【史実と小説の間】架空歴史小説「太平洋の夢」制作ノート
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