第十一章 水晶の夜
東京・豊原 一九三八年(昭和十三年)三月〜一九三九年(昭和十四年)九月
三月、ウィーンがドイツになった。
黒瀬は東京で電報を受け取った。窓の外に春があった。梅はとうに終わり、桜にはまだ早く、空だけが明るかった。
オーストリア併合。黒瀬は地図を出した。ウィーンがベルリンに飲み込まれた。次はどこか。プラハか。ダンツィヒか。
連盟は理事会を開き、抗議声明を出した。それだけだった。ドイツはこの五年で別の国になっていた。
ヒトラーがラインラントに軍を入れた。ユダヤ人から市民権を剥奪した。軍備を増強し、徴兵を再開し、それでも誰も止めなかった。止めなかったのではなく、止める意志を持たなかった。
連盟の集団安全保障は条文の中にあって、現実の中にはなかった。 ヨーロッパの設計図が、燃えていた。
しかし太平洋には、まだ誰もいなかった。
フィリピンの向こう、蘭印の南、海の真ん中。そこには秩序がなかった。秩序がないことは、問題でもあり、余地でもあった。
一九三三年に書いた構想が、頭の中で動き始めた。まだ時ではない、と黒瀬は思った。しかし、もうすぐ来る。
陸軍は中国にいた。泥の中にいた。資源を使い、人を使い、出口が見えなかった。大陸は行き止まりだ——しかし行き止まりに気づくためには、壁にぶつかるまで歩かなければならない人間がいる。
黒瀬は、待った。
九月、ミュンヘンでチェンバレンがヒトラーと握手した。ズデーテンが割譲され、それは平和のための譲歩と呼ばれた。
黒瀬には、別の言葉に聞こえた。秩序の売却、だった。
豊原からは、ミリアムの手紙が来ていた。仏語で、事務の文面だった。移住希望者が増えている。施設が足りない。ベルリンからは毎週、解雇と立退きと暴行の知らせが届く——それだけだった。それだけの手紙が、一番重かった。
*
十一月十日、水晶の夜の報が届いた。
ベルリンで、ユダヤ人の店が一斉に割られた。会堂が燃えた。人が連行された。数は不明。割れた硝子が街路を覆い、街灯に光った——外電の一つが、その光景に「水晶の夜」という名前を付けていた。
黒瀬は翌日の船を手配した。
豊原の桟橋に降りると、冷たい風が来た。オホーツクの匂いと、その中に混じる、四年前にはなかった匂い。針葉樹と石炭と、香辛料と、人間の熱。
町は変わっていた。庁舎があり、学校があり、病院があった。樺太イスラエル国の旗が、日章旗と並んで通りに立っていた。日本語、ヘブライ語、ロシア語、ドイツ語。言葉も匂いも混じっていた。最初に来た秋の匂いを思い出そうとして、思い出せなかった。街が、あの時の自分を上書きしていた。
石射が先月、受け入れ限界という言葉を使った。限界は、超えられていた。
ミリアムは政府庁舎の二階にいた。机は四年前の樺太庁の机で、部屋が違った。棚が増え、書類が増え、壁の地図の各地区に数字が書き込まれていた。
黒瀬が入ると、ミリアムは顔を上げた。
「来たのね」
驚いていなかった。
「水晶の夜の報を見て」と黒瀬は言った。
「あなたが来なくても、私は続けていたわ」
責める言葉ではなかった。事実だった。黒瀬は椅子を引いて座った。
ミリアムは、揺れていなかった。悲しんでいないのではない。揺れていないのだった。
「準備していたのですか」
「ザングウィルが言っていた」とミリアムは言った。「ユダヤ人に必要なのは、夢ではなく土地だ、と。土地があれば国ができる。国があれば人を守れる。逆の順番では、何も守れない」
「ここが、その土地ですか」
「そうよ」と言った。迷いがなかった。「エルサレムは、祈る場所。ここは、生きる場所。私はここを作る。エルサレムではなく、ここを」
「あなたが、与えてくれたこの樺太を」
庁舎の外から、荷を運ぶ人の掛け声が聞こえた。掛け声も、二つの言語が交互だった。
「内部に、割れがあるの」とミリアムは続けた。「エルサレムへ行くべきだ、という人たち。水晶の夜の後、その声は大きくなった」
「あなたは、どう答えるのですか」
「ザングウィルの言葉で。——どこでもいい。しかし、今すぐ。樺太はここにある。エルサレムは、まだない」
それから、声が少し変わった。
「ソ連が心配よ。ここの西に何があるか、あなたは知っているでしょう」
「条約があります。国際的な承認がある」
「条約は、紙よ」と、静かに言った。「あなたの書いた紙は、私が信頼できる紙。でも、紙の向こうに何があるかを、私は毎日考えている」
黒瀬は答えなかった。
「答えられないのは、分かってる。聞きたかっただけ」
少し間を置いて、黒瀬は言った。
「モスクワの件は、聞いています。あなたが凍らせた商談のことも。レフという人のことも」
今度は、ミリアムが黙る番だった。
「誰から」
「ヴァイツマン経由で、断片だけ」
ミリアムはガロワーズに火をつけた。豊原に戻ってから、フランスの煙草に戻していた。
「署名するはずだった手が、全部消えた」と言った。「二年が、書類の束だけになった」
「書類は、生きています」と黒瀬は言った。「三本の柱は、一字も直す必要がない。凍らせたものは、腐らない。解ける日が来たら、必ず使います。あなたの二年を、無駄にはしません」
ミリアムは煙を吐いた。
「解ける日が、来る?」
「来ます」と黒瀬は言った。「あの国の冬は長い。しかし、どの冬も終わります」
ミリアムは灰を落とした。
「一つ、話しておくことが。モスクワのお土産。手紙に書けることじゃなかったから、ここまで持って来た」
「聞きます」
「人民委員部の机で、あなたの名前のファイルを見た。灰色の表紙で——厚かった。」
黒瀬は、湯気の消えた紅茶を見た。
「中身は」
「表紙には名前と日付だけ。中身は見てない。見られる部屋じゃなかった。でも、厚さは嘘をつかない。向こうはあなたを、ジュネーブの頃から読んでる。北樺太の交渉を再開する時は、読まれていることを前提に組んで」
「読まれているなら」と黒瀬は言った。「読ませたい紙から、書きます」
「そう言うと思った」
*
夕方、ミリアムが施設を案内した。
新しい病棟で、子供の声がした。廊下の突き当たりに化学の実験室があり、コーヘンがいた。同僚が増えました、とコーヘンは言った。ベルリンから来た者ばかりです、と。地質の標本箱が、棚に三段、並んでいた。
夜、二人で食事をした。長い間、話さなかった。
「手紙が、来なかった」とミリアムが言った。
「書きました」と黒瀬は言った。「送りませんでした」
ミリアムは黒瀬を見た。
「なぜ」
「書けないことが、一つあった。それを避けて書くと、書けることも書けなくなった」
ミリアムはしばらく黙っていた。
「小瓶のことは、わかってる」と言った。
黒瀬は答えなかった。
「やめなさい、とは言わない」とミリアムは言った。「でも、あなたが必要な時に、あなたがいなかったら、困る」
それだけだった。
豊原に三日いた。帰る日の朝、雪が降っていた。桟橋で、雪が灰色の海に落ちて、音がなかった。ミリアムは埠頭まで来なかった。庁舎に、仕事があった。
黒瀬は一人で船に乗った。来なかったことを、寂しいとは思わなかった。仕事のある人の国を作る——それが、紙の目的だった。
*
二月の日曜、父から葉書が来た。店を畳む、手が要る、という意味のことが、十七文字で書いてあった。
神田の路地は、雪の残りが凍っていた。店の中は、黒瀬が育った頃と同じ匂いがした。古い紙と、埃と、インクと、微かなカビ。ベルリンにも、ジュネーブにも、上海にもなかった匂いだった。
父は七十二になっていた。耳はさらに遠く、手は正確だった。二人で本を括った。売る本と、同業に回す本と、捨てる本。父の指が迷いなく仕分けていくのを、黒瀬は横で紐を掛けながら見ていた。
「母さんの本が出てきた」と父が言った。
山の脇に、婦人雑誌の付録の料理の本が一冊あった。表紙の角が丸くなっていた。黒瀬が三つの年に病で死んだ母の、店に残った唯一の持ち物だった。黒瀬は母を、声でも匂いでも覚えていない。この店の匂いが、母の代わりだった。
「持っていくか」
「店に置いてください」と黒瀬は言った。「最後の日まで」
昼、二人で蕎麦を取った。父は音を立てて食べ、食べ終えてから、湯呑みを両手で持って、初めて息子の仕事について聞いた。
「お前の書いた紙は、誰かを助けたか」
黒瀬は、すぐには答えられなかった。
樺太に四万人がいる。ハンブルクから毎月、船が出ている。それは事実だった。しかし、南京があった。対手とせず、があった。自分の言葉の背骨に載った、逆向きの意思があった。
「分かりません」と黒瀬は言った。「助けた紙と、助けなかった紙が、同じ抽斗に入っています」
父は頷いた。それ以上、聞かなかった。聞かないことで育てられた——その育てられ方の、最後の一回になった。
帰り際、父は一番小さい窓の雨戸を一枚、外して寄越した。
「持っていけ。釘の穴の分だけ、軽い」
三十四年前の九月、七つの黒瀬が父と釘を打った雨戸だった。穴は塞がれないまま、木だけが古びていた。
黒瀬は雨戸を官舎に運び、壁に立てかけた。使い道はなかった。使い道のないものを持つのは、生まれて初めてだった。
*
三月、ドイツが残りのチェコを占領した。ミュンヘン会談から半年だった。平和は、半年しか保たなかった。四月、イタリアがアルバニアに入った。
同じ四月、黒瀬に辞令が出た。東亜局第一課長。一年遅れの辞令だった。誰も理由を言わなかった一年の、続きのような紙だった。
六月、父が死んだ。眠ったまま死んだ。店を畳んで四ヶ月だった。商売と一緒に、体の用事が終わったのだと、黒瀬は思うことにした。葬式は小さく、同業の古本屋が十七人来て、香典の袋の字が、みな古風に上手かった。
遺品は少なかった。帳場の抽斗から、母の料理の本が出てきた。黒瀬はそれを、官舎の雨戸の脇の棚に置いた。
夕方、釘の穴が、低い光でひとつずつ光った。
*
五月、ノモンハンで戦闘が始まっていた。
関東軍がソ連軍と衝突し、六月、七月、八月と、黒瀬は報告を読み続けた。戦車の数が違った。火力が違った。関東軍は、負けた。日本軍の死傷者は二万人に迫った。
大陸は行き止まりだ、と黒瀬は何年も前から思っていた。
しかし、その証明に、こんなにも血が要ったのか。
報告書を閉じて、机に手を置いた。手は、しばらく動かなかった。
八月二十三日、独ソ不可侵条約。ドイツとソ連が、手を組んだ。防共協定に入らなかった判断は正しかった——正しさは、慰めにならなかった。紙の向こうに何があるか、というミリアムの言葉が戻ってきた。豊原の西にいるソ連が、いま、ベルリンと握手していた。
九月一日、ドイツがポーランドに侵攻した。英仏が宣戦した。
九月四日、日本は中立を宣言した。
黒瀬は宣言の文書を読んだ。中立は、消極の言葉ではなかった。欧州の列強が互いを撃ち始め、太平洋を見る余裕のある国が、なくなっていく。
アメリカ領フィリピン。オランダ領インドネシア。フランス領インドシナ。海の真ん中に——余白が、生まれ始めていた。
一九三三年に書いた設計図を、黒瀬は抽斗から出した。埃は、被っていなかった。
その夜、豊原から手紙が届いた。仏語で、いつもより一行長かった。
——先週、千二百人が着いた。施設を増やしている。コーヘンが同僚を連れてきて、研究が進んでいる。豊原は大丈夫。……あなたの東京が心配になる日が来るなんて、十年前は思わなかった。
黒瀬は二度読み、返事を書いた。
今度は、送った。
窓の外に秋の東京があった。空が高かった。
その先に、太平洋があった。
火・木・土曜 朝6時更新。(全20話/11月12日完結予定)
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