第十五章 四方の海
東京 一九四一年(昭和十六年)九月
九月五日の夕、宮中。
翌日の御前会議にかける文書が、内奏された。帝国国策遂行要領。戦争準備と外交を並べて進め、十月上旬に至るも要求貫徹の目途が立たない場合は、直ちに開戦を決意する——。
天皇は、文書の順序を問うた。これでは戦争が主で、外交が従のように見える。
外交が主であります、と近衛は答えた。文書の並びと、答えの並びが、逆を向いていた。
天皇は、統帥部の両総長を呼んだ。参謀総長・杉山元。軍令部総長・永野修身。
南方作戦は、どれほどで片付くのか、と天皇は問うた。
五ヶ月ほどで、と杉山は答えた。
総長は支那事変の初め、陸相であったな。あの時、事変は一ヶ月ほどで片付くと申した。四年経って、まだ片付かぬではないか。
支那は、奥地が広うございます、と杉山は答えた。
天皇の声が、高くなった。
支那の奥地が広いと申すなら——太平洋は、なお広いではないか。いかなる確信があって、五ヶ月と申すのか。
杉山は、答えなかった。
永野が進み出た。統帥部として、成算十分とは申しかねます。しかし、坐して亡国を待つよりは、活路を求むるほかなく——手術をするか、せぬかの岐路にあるものと存じます。
手術、という言葉が、静かな部屋に置かれた。
患者が国で、執刀が戦争だった。麻酔の量を言う者は、いなかった。
*
翌九月六日、御前会議が開かれた。
要領が読み上げられ、枢密院議長の原嘉道が問うた。本文書は、戦争が主で外交が従と読めるが、いかに。政府は、外交が主であると答えた。統帥部は、沈黙した。答えは記録され、文書は、一字も変わらなかった。
閉会の間際、天皇が動いた。
御前会議で、天皇は発言しない。裁可は沈黙で行われる。それが慣例だった。
天皇は、懐から一枚の紙を出した。
祖父・明治天皇の御製である、と言った。そして、詠んだ。
——四方の海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ。
二度、詠んだ。
私は常にこの御製を拝誦して、明治天皇の平和愛好の御精神を、紹述せんと努めている——。
一同は粛然とし、両総長は恐懼して、外交を重んずる旨を奉答した。
会議は、終わった。
歌は、詠まれた。要領は、通った。
波風は、文書の中で日付を持った。十月上旬——。
列の中に、陸軍大臣・東條英機がいた。
開戦の準備を、誰よりも固く進めている男だった。準備は信念で、信念は固かった。
その男が、御製の二度目が詠まれる間、目を閉じていた。
閉じて、開けた。それだけだった。
退出の廊下で、東條は誰とも話さなかった。省に戻り、執務の合間に手帳を出し、何かを短く書き付けて、胸の内ポケットに戻した。
書いたものは、誰にも見せなかった。
固い信念と、陛下の御心。正反対の二つが同じ胸に入った時、この男がどちらを選ぶのか——まだ誰も知らなかった。本人も、知らなかったかもしれない。
手帳は、内ポケットの中で、出番を待つことになる。
*
黒瀬が要領の中身を知ったのは、数日のうちだった。条約局長の机には、来るべき紙が来る。
期限が、もう一つ増えた。
八月一日から、石油缶が数を減らしている。九月六日から、帝国は自分の首に、自分で日付を掛けた。十月上旬までに、外交の目途。目途、という言葉の柔らかさだけが、まだ息をしていた。
石射が来た。
「二つの時計が、同じ壁に掛かりました」と黒瀬は言った。「向こうの時計と、こちらの時計。こちらの方が、速い」
「止められますか」
「時計は、止められません。針より先に、目途を置きます」
洋上会談の構想が、グルーとの間で動いていた。近衛とルーズベルトが、太平洋のどこかで直接会う。ハワイか、アラスカの沖か。グルーは本国に長文の電報を打ち続けていた。会うだけで、針は緩む。
そして、会わせないことに決めている誰かが、ワシントンの奥にいるらしいことも、少しずつ分かってきた。
夜の帰り道、町内の防空演習に行き会った。
バケツの水が手から手へ渡り、女たちの掛け声が路地に響いた。火叩きが、燃えていない火を叩いた。
燃えていない火を叩く練習と、まだ来ていない戦争の日付と。
同じ九月の、同じ町内だった。
*
九月の末、豊原から手紙が来た。仏語で、短かった。
——新聞で、あなたの国の九月を読んでいます。窓の外の海は、もう冬の色。こちらの時計は、流氷の速さでしか進まない。あなたの時計が、それより速くありませんように。
返事に、黒瀬は一行だけ書いた。
——針より先に、目途を置きます。
書いて、読み返して、今度も出した。
十月が、坂の上から見えていた。
火・木・土曜 朝6時更新。(全20話/11月12日完結予定)
n o + e 記事 【史実と小説の間】架空歴史小説「太平洋の夢」制作ノート
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