第十六章 外務大臣特使
東京 一九四一年(昭和十六年)九月〜十一月
松岡に会ったのは、九月の末だった。
外務大臣の執務室は広かった。黒瀬がこの部屋に初めて入ったのは、いつだったか。壁の位置は変わっていなかった。座っている人間の目が、違っていた。満洲の四年が、松岡の目に入っていた。
「ワシントンに行きたいと言いに来たか」と松岡は言った。
「はい」
「来るのは、分かっていた」
松岡は煙草を取り出した。火は、つけなかった。
「お前が一九三三年に書いた原稿を、私が連盟の演壇で読み上げた。覚えているか」
「覚えています」
松岡は何かを言いかけて、やめた。灰皿を、少しだけ動かした。それから、別のことを言った。
「あれ以来、お前は私の見えないところで動いてきた。樺太も、モスクワも、グルーとの会合も。私の名前は使っていない。しかし私がいなければ、お前はあの演壇に近づけなかった」
黒瀬は答えなかった。
松岡は煙草を机に置いた。
「行け」と松岡は言った。「ワシントンに行け。私の名義で行け。成功したら外務省の成果だ。失敗したら、お前の失敗だ。それでいいか」
「そのつもりです」
松岡はしばらく黒瀬を見た。
「一つだけ言っておく。設計図は、絵だ。絵は人間を動かさない。何で動かすかを、お前は知っているか」
「利益です」と黒瀬は言った。「太平洋の秩序は、アメリカにとっても利益になる。それを見せます」
「行け」と松岡は言った。
黒瀬は立ち上がった。ドアの前で、振り返った。
「一九三三年の演壇がなければ、今日はありませんでした」
松岡は答えなかった。
廊下に出ると、後ろでドアが閉まった。
何かが閉まった音がした。扉の音だけでは、なかった。
*
十月の初め、ワシントンから洋上会談への返事が来た。
会談の前に、原則の合意が要る——。
条件の形をした、拒絶だった。原則で合意できるなら、会談は要らない。会談でしか合意できないから、会談を求めていた。
ハワイの机は、置かれる前に畳まれた。
会わせないことに決めている誰かが、ワシントンの奥で、決めた通りに動いた。グルーの長文の電報は、本国の机のどこかで、読まれないまま綴じられているらしかった。
十月十六日、近衛内閣が総辞職した。
黒瀬が書いた言葉を演説した男が、言葉を失って退いた。
*
総辞職の二日後、黒瀬は幣原邸に呼ばれた。
庭の木が、半分だけ色づいていた。幣原は縁側に近い椅子に座って、茶を自分で注いだ。十年前と、同じ手つきだった。注ぐ速さだけが、少し遅くなっていた。
「近衛君が辞めたな」と幣原は言った。
「はい」
「わしは近衛君と、長く組んできた」と幣原は言った。「一九三三年からだ。彼の家柄と、彼の人気と、彼の勉強会。全部、使わせてもらった」
湯呑みが、卓に置かれた。
「近衛君の目的と、私の目的は、初めから重なっていなかった」と幣原は言った。「彼は次の時代の中心にいたかった。私は、国際協調を守りたかった。重なる部分だけを、使った。彼も、私を使ったのだろう」
淡々とした声だった。悔いの色は、なかった。
「あの人は、言葉を借りて返さない人でした」と黒瀬は言った。
「知っている」と幣原は言った。「借りて返さない人だから、遠くまで運んでくれた。返す人は、遠くまで運ばん」
黒瀬は、茶を見た。
この人は、全部知っていた。知った上で、使ってきた。近衛を。松岡を。そして——。
湯呑みの中で、茶柱が回っていた。
「わしを疑う顔だな」と幣原は言った。笑っていなかった。「疑いなさい。使う側は、疑われる義務がある。その上で、行きなさい。ワシントンで卓に着くのは、疑いを二十年抱えたまま、それでも設計図を書き続けた人間だけだ」
帰り道、黒瀬は疑いを抽斗に入れた。
鍵は、かけなかった。かける時間が、なかった。
*
三日後、東條英機内閣が発足した。
外務大臣は、東郷茂徳だった。
外務省の人間で、ロシア語が堪能で、モスクワ勤務が長かった。感情的な男ではなかった。しかし、信念があった。東條内閣で外相を引き受けた理由は一つ——戦争を避けるための最後の時間を、自分が使う。
東郷は黒瀬を呼んだ。
「松岡さんから聞いています」と東郷は言った。「苦々しそうに話していました。しかし、正確だった。あなたについての話は、正確だった」
机の書類を一枚、取り出した。
「外務大臣特使として、ワシントンに行ってもらいます。野村大使とは別のルートで動いてください。来栖三郎が特命全権大使として同行しますが、あなたの動きは、その外にある」
「承知しました」
「既に軍は開戦準備を進めている。期限は、十二月初旬です」と東郷は言った。「それ以後は、私にも止められなくなります」
部屋が静かになった。
「設計図がある、と聞きました」
黒瀬は折り畳んだ紙を出した。何度も書き直した紙だった。インクの跡が、層になっていた。
東郷はそれを、長い間見た。
「ここまで来たのに」と言った。声が低かった。
「はい」
「行ってきなさい」と東郷は言った。「外交官の声は、国の声です」
三年前、ロンドンに発つ前の夜に、幣原に言われた言葉だった。同じ言葉が、別の人間の口から出た。
*
十月の末、ミリアムが東京に来た。
公使館の用件が三つ、私的な用件が一つ——本人が、そう言った。
赤坂に席を取った。帳簿に名前の残らない店だった。
「ヴァイツマンが豊原に来たわ」とミリアムは言った。「全島の移転が済んですぐ。一九三三年に書いた地図を持ってきて、今の豊原と、長いこと比べてた」
「何か言いましたか」
「『これが、我々の土地か』って。それだけ」
夜の赤坂に、提灯の光があった。
「人口は、登録で十二万を超えた。三棟目の庁舎が夏から建ってる。南米の二カ国と、スウェーデンから、非公式の接触もあったわ。国として見たい、という意向」
「外務省として、正式には動けません。しかし使えるルートがあります。後で紙にします」
ミリアムは頷いた。それから、少し間を置いた。
「あとは、認められることだけ。世界にとって、ここはまだ、よく分からない場所よ。日本が作って、ユダヤ人が住んでいる。本当の意味で国になるためには——」
「ワシントンです」と黒瀬は言った。
「私も、それを言おうとしてた」
「だから、あなたは東京に来た」
「そう、あなたはワシントンに行く」
部屋が静かになった。秋の虫の声がした。豊原にはない種類の音だった。
「そして最後が、私的な用件」とミリアムは言った。「気をつけて。あなたに何かあると、設計図の続きを書ける人間が、いなくなる」
「帰ってきます」と黒瀬は言った。
「帰ってきたら」とミリアムは言った。「豊原の春を見せるわ。流氷が明けて、最初の花が咲く季節」
約束の形をした言葉が、卓の上に置かれた。二人とも、それを約束と呼ばなかった。
*
出発の前夜、帰国中のグルーから最後の連絡が来た。
——ワシントンには、あなたの話を聞きたい人間がいます。ハルも、大統領の周辺も。ただし、時間がない。あなたが着いた時には、すでに時計が動いています。
承知しています、と黒瀬は返事を書いた。着いた日から、動きます。
書き終えて、机の抽斗を開けた。
小瓶があった。
見た。
閉めた。
今夜は要らない。今夜から先は、要らない。
*
十一月の初め、黒瀬は東京を出た。
アメリカの禁輸措置後、民間の客船は事実上動いていなかった。軍の飛行機、夜行の船、パンアメリカンの飛行艇、アメリカの国内線——乗り継いで、地球を半周する。
来栖三郎と共に、横須賀から海軍の渡洋爆撃機に乗った。
ワシントンへ平和を求めに行く外交官が、軍の爆撃機で最初の一歩を踏み出した。
石射が見送りに来た。
「帰ってきてください」と石射は言った。
「帰ってきます」
「設計図を持って」
「持って帰ります」
エンジンの音が大きくなり、機体が浮いた。黒瀬は東京の方角を見た。富士が見えた。十一月の富士に、雪があった。白かった。
日本が、少しずつ小さくなった。
台湾。マカオ。香港。マニラ。そこからパンアメリカンの飛行艇で、グアム、ウェーク、ミッドウェーを経てホノルルへ。ホノルルからサンフランシスコへ。大陸を横断して、ワシントンへ。
日本を出るのに、日本の軍用機が要る。アメリカに入るのに、アメリカの民間機が要る。その境界がどこにあるかを、黒瀬は窓の外を見ながら考えた。
一九三三年にジュネーブで書き始めた設計図が、内ポケットにあった。いくつかの頁は書き直され、いくつかの頁は、まだ空白だった。
空白を埋めるために、黒瀬は太平洋を渡った。
火・木・土曜 朝6時更新。(全20話/11月12日完結予定)
n o + e 記事 【史実と小説の間】架空歴史小説「太平洋の夢」制作ノート
https://note.com/hal_miz/m/me316d0840b0b