太平洋の夢 第二巻 「海洋国家宣言」   作:水野 純也

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第二章 四つの机

第二章 四つの机

 

  東京 一九三三年(昭和八年)十月〜一九三四年(昭和九年)三月

 

 

 条約局の黒瀬の机には、抽斗が四つあった。

 黒瀬はそれを、提案の数に合わせて使うことにした。一番上がハワイ。二番目が樺太。三番目が南洋。一番下が、アイヌだった。

 ジュネーブの夜、佐藤尚武は黒瀬の文書に一行を書き加えた。四点は一括の取引ではなく、各点、独立に討議し得る——。あの一行が、いま形になっていた。四点は四つの机に分かれ、別々の役所で、別々の速度で、別々の敵と向き合っていた。一括なら、四つまとめて葬られていた。分けたから、四つとも生きている。

 ただし、生きていることと、動いていることは、別だった。

 省内の視線は、秋の間に少し変わっていた。葉書はまだ来る。雑誌はまだ書く。しかしドイツが連盟を出て行った日から、廊下で目を逸らす者が、一人、二人と減った。四点提案は相変わらず誰の手柄でもなかったが、誰の罪でもなくなりつつあった。

 その居心地の悪い中間で、黒瀬は毎朝、四つの抽斗を開けた。

 

  *

 

 ハワイの机は、ワシントンにあった。

 国務省極東部の部長室である。部長はスタンレー・ホーンベックといい、極東のことは極東人より自分が知っていると信じている種類の秀才だった。

 日本の提案第一点は、着電の夜に三つの意見を与えられたまま——法的には検討に値せず、政治的には無視できず、軍事的には海軍が反対する——半年以上、未決の箱で寝ていた。

 十月に一度だけ、箱が開いた。若い課員が、フィリピン独立法の施行と併せて太平洋政策全体の再検討を進言したのだった。ホーンベックは進言のメモに二語だけ書いて戻した。

 File it.——綴じておけ。

 アメリカの抽斗で、それは最も丁寧な埋葬だった。

 海軍作戦部の反対には、紙に書かれない理由が一枚あった。真珠湾の工事日程表は、七年前から三度、後ろへずれている。予算を削っているのは議会である。そこへ防備を分有する相手が現れれば、議会は喜んで四度目を削る。共同統治の提案は、海軍にとって、平和の提案である前に、予算の脅威だった。

 大使館の参事官がその顛末を聞き込み、東京へ報告を送った。報告は条約局に回覧され、黒瀬の一番上の抽斗に収まった。

 一番上の抽斗は、その冬、二度と開かなかった。

 

  *

 

 樺太の机は、モスクワにあった。

 十一月、リトヴィノフはワシントンにいた。十六年間ソ連の承認を拒んできたアメリカが、国交を結んだ月である。世界は動く時には一斉に動く。外務人民委員は帰りの船で、極東の計算を書き直したと言われている。

 日本は不可侵条約を断った。その日本が、国境の島を第三者に渡すと言っている。挑発か、迂回か、本物の緩衝か——三通りのどれにも、悪くない数字が出る。それは三月の夜から変わっていない。

 変わったのはモスクワの懐具合の方だった。五カ年計画は外貨を食う。ソ連は同じ年、北満洲の鉄道を満洲国に売りに出した。そして遡って、ロシア時代にはもっと大きな前例がある。一八六七年、帝政ロシアはアラスカを七百二十万ドルでアメリカ合衆国に売った。広すぎる国は、遠すぎる土地を守るより、売って身軽になる勘定を昔から知っている。極東の資産を安全と現金に換える用意は、帝政の頃からこの国は持っていた。

 十一月の初め、東京のソ連大使館が革命記念日の宴を開き、条約局からは黒瀬が出た。招待状の宛名は局長で出席したのが黒瀬であることに大使館側は驚かなかった。

 麻布狸穴の坂の上に、その屋敷はある。鉄の門の内側だけ、雨に濡れた石畳が別の国の色をしていた。玄関で外套を預けると、暖気と一緒に匂いが来た。燻製の魚と、ロシア煙草と、湯気を立てるサモワールの炭の匂い。シャンデリアの下に赤い旗が垂れ、給仕の盆にはウォッカの小さな硝子が並んでいた。

 周りの会話の半分はロシア語だった。窓の外は十一月の麻布で、窓の内は、どこか別の緯度だった。

 ユレーネフ大使は、グラスを持って近づいてきて、天気の話を一つした。それから、ふいにロシア語に切り替えた。

「チェーホフをお読みになったそうですね」

「サハリン島を。原語で」

「あれは、島を持て余した帝国の本です」とユレーネフは言った。「持て余した点でわれわれは、お互い様と言うべきでしょう」

 それだけ言って、大使は別の客の方へ歩いて行った。持て余した、という一語は、売り手の言葉だった。

 十二月には、ジュネーブでも動きがあった。ソ連代表部の男が日本代表部の書記官を昼食に誘い、食事は一時間続き、樺太の話は最後の十分だけ出た。

 ——北樺太、という言葉の範囲を、貴国はどう考えているか。

 問いの形をした、値札だった。

 報告はパリの佐藤を経由して東京に届いた。佐藤の添え書きは一行だった。

 ——魚は餌を見ている。竿を上げるな。

 黒瀬は報告を二番目の抽斗に入れた。二番目の抽斗だけが、少しずつ重くなっていった。

 

  *

 

 同じ十一月から、東京と大阪の間を、夜も郵便機が飛ぶようになった。

 残業の窓の外を、灯りを点けた低い爆音が横切っていく。条約局の給仕は、あれに載れば手紙が朝には大阪に着くのだと、自分の手柄のように言った。紙が夜の間も走る時代が、始まっていた。

 朝には大阪に着くのか、と黒瀬は思った。

 ジュネーブへは、船で四十日である。

 

  *

 

 アイヌの机は、東京の、霞が関と永田町の間のどこかにあった。

 どこか、としか言えないのは、その机を自分の物だと認める役所が、ひとつもなかったからである。

 北海道旧土人保護法。明治三十二年の法律である。アイヌを「旧土人」と呼び、農業を強い、共有財産を道庁の管理に移し、学校を分けた。三十四年間、ほぼそのままの条文だった。

 第四点は、この法律の改正を前提にしていた。黒瀬は秋のうちに改正案の骨子を書き上げた。名称の廃止。給与地の所有権の確定。共有財産の返還。自治区の設置手続き。条文にすれば、十七条の小さな法律だった。

 骨子は内務省に回された。内務省は北海道庁の意見を求めた。道庁は拓務省との調整を求めた。拓務省は、樺太の先住民に及ぼす影響について、外務省の見解を求めた。

 半年かけて、書類は出発した机に戻ってきた。付箋が一枚、増えていた。

 「時期尚早ト思料ス」

 誰の判も、押されていなかった。判を押さないことが、この国の役所の、最も固い拒絶だった。

 役所を全部回って、この机に座るべき人間に一人も会っていないことに、黒瀬は気づいた。

 冬の初め、黒瀬は本郷に出かけた。

 帝国大学の言語学科に、知里真志保という学生がいる。登別の出身で、姉は十九で死んだ知里幸恵——アイヌの神謡を初めて自らの手で文字にした人である。弟は言語学の大家の下で、アイヌ語の文法を組み上げようとしていた。

 本郷通りは、銀杏の落葉が終わりかけていた。角帽と外套の学生が下駄を鳴らして行き交い、古本屋の店先には縄で縛った洋書が積んであった。

 十五年前、黒瀬もこの通りを歩いていた。法科の講義を抜けて、あの店の奥で仏語の条約集を立ち読みした。買う金がなく、三日通って読み終えた。欧州の戦争が終わり、講和の条文が新聞に載った年だった。条文の一行が国境を動かすのを、学生の黒瀬は活字で読んだ。その年の秋に、役所に入った。

 通りは、あの頃と同じ匂いをしていた。紙と、埃と、下駄の音。

 約束の喫茶店は赤門の斜向かいにあった。ストーブが焚かれ、窓硝子は内側から曇っていた。挽いた珈琲の匂いに、濡れた毛織物の匂いが混ざり、奥の蓄音機が小さな音で協奏曲を回していた。学生たちが隅の卓で、煙草を分け合いながら何かを論じていた。

 その店で、黒瀬は改正案の骨子を見せた。

 知里は黙って読んだ。二十四歳の目は、条文を読む目ではなかった。単語を一つずつ量りにかける目だった。

「保護、という字は消えるのですか」と知里はまず聞いた。

「消します。名称ごと」

「自治区を決める会議には」と知里は言った。「アイヌは何人、座るのですか」

 黒瀬は答えられなかった。骨子には、設置手続きは書いてあった。誰が決めるかは、書いていなかった。書いていないということは、いつもの顔ぶれが決めるということだった。

「三十四年前も」と知里は静かに言った。「和人が、アイヌのために、アイヌのいない部屋で法律を作りました。良い法律なら、部屋が同じでも良い法律になる——そうお考えなら、この案も同じ道を辿ります」

 帰りの電車で、黒瀬は骨子の余白に一行を書き足した。設置委員会の過半は、当事者たる先住民をもって充てる——。

 判の出ない書類が、また少し、判の出にくい書類になった。それでも、書き足さないという選択は、なかった。

 別れ際に、なぜ言語学なのかと黒瀬は聞いた。知里は少しだけ笑った。

「法律より、言葉の方が長生きしますから」

 そして黒瀬には、この机だけ、事情が違った。ヴァイツマンとの三つ目の約束——樺太のアイヌとニヴフとウィルタの権利を、文書で保証する——が、この抽斗に繋がっていた。切り離したはずの四つの机が、一番下の抽斗の奥で、繋がっていた。

 文書は、書けた。判が、どこからも出なかった。

 年の暮れ、黒瀬は保証文書の末尾に官名を書き、その下に小さく、個人ノ資格ニ於テ、と添えて署名した。写しをジュネーブに送った。

 外交文書としては、無に等しい紙だった。約束としては、そうではなかった。

 

  *

 

 十二月二十三日の朝、東京中のサイレンと汽笛が、二度ずつ鳴った。

 皇太子の誕生だった。

 号外が舞い、夜は提灯行列になった。黒瀬は省からの帰り道で行列に行き会い、道の脇に立って通した。日比谷の夜に交番を焼いた提灯と、同じ形の提灯だった。今夜の灯は何も焼かず、ただ嬉しがっていた。肩車の上で子供が小さな旗を振っていた。

 宿舎の葉書は、その週、一枚も来なかった。人々には、書きたいことが他にあったのだった。

 年が明けると、葉書はまた来はじめた。

 

  *

 

 南洋の机は、ジュネーブにあった。

 連盟には、委任統治を監督する常設の委員会がある。旧ドイツ領の南洋群島は、委任統治の中でも事実上領土同然に統治できるC式で、日本は毎年、統治報告を一冊出すだけでよかった。群島を要塞化しているのではないか、という疑いは、報告書の外で年々育っていた。

 第三点は、その委員会の査察団を群島に受け入れる、という話である。

 連盟側の準備は、拍子抜けするほど速かった。脱退するはずだった国が、監視を受け入れると言っている——委員会にとって、これほど体面の立つ話はなかった。人選が始まり、パリの佐藤が連盟側との窓口を引き受けた。

 遅いのは、東京だった。

 軍令部は、査察団の寄港地から貯油施設が見える、という理由で日程案を三度突き返した。三度目の書類が条約局に回ってきたとき、黒瀬はそれを持って、芝の海軍クラブに堀悌吉を訪ねた。

 堀は書類を五分で読んだ。

「見えて困る物は、いま群島にはない」と堀は言った。「困る物をこれからも置かない、という担保に使えるなら、査察は安い買い物だ」

 一拍あった。

「軍令部には私から話す。ただし黒瀬さん、これで貸しがふたつだ」

「ふたつ目は、いつお返しすれば」

「返さなくていい」と堀は言った。「その代わり、覚えておきなさい。私の判は、私が予備役に回された日から、全部読み直される。私の判で通した話は、私より長生きする形にしておくことだ。人ではなく、紙に残しなさい。条約にしなさい」

 昨年から、艦隊派は条約派の提督を一人ずつ、閑職と予備役に送り始めている。堀の言葉は、比喩ではなかった。

 査察団の受け入れは、年明けの閣議で決まった。新聞は、三行で報じた。

 

  *

 

 ミリアムの机は、四つのどれでもなかった。

 一月、黒瀬は一通の辞令案を起草した。樺太庁樺太調査嘱託ヲ命ス、手当月額百二十円。ミリアム・カッツの名前が、日本の官庁の帳簿に初めて載る紙だった。

 移民受け入れの計画には、土地と水と港の調査が要る。調査には、ユダヤ側の要求を知る人間が要る。理屈は立っていた。

 人選にも、理屈は立っていた。ミリアムはこの秋から、ジュネーブでドイツを出てきたユダヤ人の相談を受けている。連盟は十月、ドイツ難民のための高等弁務官府を作ったが、経費は連盟の予算の外、権限は紙の上だけの役所だった。相談の列は、役所の窓口ではなく、名簿のない女の机の前にできた。並んだ人々が最初に聞くのは、樺太というのはどこにあるのか、という質問だった。

 しかし黒瀬は、封をする前に一晩置いた。

 ジュネーブの四年間、ミリアムは日本の金を一銭も受け取っていない。翻訳の手間賃で食べ、名簿のない会費で動いてきた。受け取らないことが、あの人の速さだった。金の流れのない人間は、どこの帳簿からも引っ張れない。

 この辞令は、その速さを一枚、薄くするかもしれない。

 黒瀬は翌朝、封をして送った。判断を相手に渡すのも、外交だった。

 返事は三週間後に来た。フランス語で、三行だった。

 ——お受けします。条件がひとつ。金額と名前を、帳簿に正しく残すこと。隠したお金は、いつか必ず、隠した側の武器になります。

 黒瀬は三行を読んで、田中の卓の三枚の紙を思った。一昨年の暮れ、綴じ紐を解いて見せられた紙だった。一枚目、ジュネーブの身元不詳の欧州人女性。二枚目、麹町の官舎への深夜の訪問。

 身元不詳の女は、この辞令で消える。名前と金額が帳簿に載り、官庁の判に守られた嘱託になる。隠すから、紙は武器になる。載せてしまえば、ただの記録だった。ミリアムの条件は、彼女自身を守る条件であり、同じ厚みで、黒瀬を守る条件だった。それを分かって書いている。

 陸軍の綴りの一枚目と二枚目は、この一枚で死ぬ。

 三枚目は——まだ、生きている。

 黒瀬は返事を、二番目の抽斗に仕舞った。

 受け取り方まで、あの人は速かった。

 

  *

 

 二月、人事課の課長が、また廊下で黒瀬を呼び止めた。今度の用件は葉書ではなかった。陸軍省から、樺太関係文書の閲覧請求が来ているという。名義は軍務局、印は課長級だった。請求は規程を盾に断られたが、断られることまで含めて、請求だった。抽斗の中身ではなく、抽斗の在り処を確かめる指が、廊下の向こうから伸びていた。

 三月、雪の残る朝に、黒瀬は四つの抽斗を順に開けた。

 一番上——ワシントン。綴じられたまま、動いていない。

 二番目——樺太。ソ連の値札と、ミリアムの辞令。動いている。

 三番目——南洋。査察団の日程表。半分だけ動いている。

 一番下——アイヌ。判のない保証文書の控え。動いていない。

 四つのうち、ひとつ半。それが、演壇の四点の一年目の成績だった。

 廊下で条約局長とすれ違った。局長は立ち止まらずに言った。

「黒瀬君、樺太の件で連盟から照会が来ている。今年は忙しくなるよ」

 黒瀬は机に戻った。

 二番目の抽斗だけ、少し開けたままにした。

 

 

 

火・木・土曜 朝6時更新。(全20話/11月12日完結予定)

 

n o + e 記事 【史実と小説の間】架空歴史小説「太平洋の夢」制作ノート

https://note.com/hal_miz/m/me316d0840b0b

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