第七章 二人の老人
ジュネーブ 一九三六年(昭和十一年)二月〜三月
二月二十六日の朝、黒瀬は六時に目が覚めた。
レマン湖の方から風の音がした。カーテンの隙間が白かった。雪だった。ジュネーブは三日続けて雪だった。
七時に朝食をとり、八時に代表部に着いた。連盟の会合は二十八日から、今日は準備の日のはずだった。
廊下が静かだった。書記の森田が立っていた。顔が、違った。
「東京から電報が」と森田は言った。「第一報です。まだ、詳細が分かりません」
【第一報 二六日午前七時四二分受信】東京ニテ陸軍部隊ノ一部行動ヲ起コセリ。詳細不明。要所ニ兵ヲ配置セリトノ情報アリ。本省ノ指揮系統ハ維持サレアリ。追報ヲ待タレタシ。
一部、と黒瀬は読んだ。全部ではない。しかし一部が動けば、残りが動く理由になる。それが軍の論理だった。
「どうしますか」と森田が言った。
「待ちます。次が来る」
執務室の机に、二十八日の会合の立場書があった。エチオピア制裁の継続をめぐる、日本の立場書だった。東京で何が起きていても、ジュネーブでは紙を書く。書きながら、東京を頭の別の場所に置いておく。それが外交官の仕事だった。
万年筆を、走らせた。
二時間後、次が来た。
【第二報 午前九時五一分受信】重臣数邸ニ武力行使アリ。高橋蔵相、斎藤内大臣、渡辺教育総監ニ被害アリトノ報アルモ確認中。首相官邸ニモ部隊侵入ノ情報。戒厳令施行ノ可能性アリ。
高橋蔵相。斎藤内大臣。
被害、とあった。被害の中身が、書かれていなかった。
正午前に、第三報が来た。
【第三報 正午受信】高橋蔵相、斎藤内大臣、渡辺教育総監、死亡ト確認ス。岡田首相ノ安否ハ確認セズ。部隊ハ永田町・霞ヶ関一帯ヲ占拠。戒厳令施行ヲ準備中。
黒瀬は一人で、執務室に座っていた。
詔書を二日止めた老提督が、死んだ。承認の稟議に黙って判を押した老蔵相が、死んだ。
高橋是清に、黒瀬は会ったことがなかった。会わないままでいい判も、あります——半年前、自分はそう言った。会わないままでいい、というのは、いつでも会える、という意味だった。もう、どちらでもなくなった。
引き出しを開けた。小瓶があった。
閉めた。
*
昼過ぎ、黒瀬は外に出た。
雪は止み、石畳が濡れて光っていた。連盟事務局の前の広場を、外国人が談笑しながら歩いていた。路面電車が来て、乗客が一人降りた。商店の窓の時計が、午後一時十五分を指していた。
東京は、午後九時十五分だった。
夜の東京に、兵が動いている。ここでは石畳が乾いていく。同じ日の、別の場所だった。
代表部に戻ると、第四報が来ていた。
【第四報 午後二時二〇分受信】岡田首相ノ安否依然未確認。外務省建物ハ外部ヨリノ立入制限アリ。本省トノ通信回線ハ維持サレアリ。
立入制限。石射は建物の中にいる、ということだった。連絡が来ないのは、連絡できないからだ。
電報が届くたびに、少しずつ分かる。少しずつ分かるたびに、分からない部分が広がる。それが、遠くにいるということだった。
廊下で、若い書記が黒瀬の顔を見ていた。聞きたいが聞けない、という顔だった。
「分かりません」と黒瀬は言った。「私も、あなたと同じだけしか知らない。待つことだけが、今できることです。それは、東京でも同じです」
夕方、宿舎まで歩いた。レマン湖に沿った道で、湖面は暗く、街灯の光が水に滲んでいた。
部屋で鞄を開けると、小瓶が指に触れた。
机の引き出しに移して、閉めた。
椅子に座って、考えた。皇道派の若い将校たち。重臣を除けば天皇の真意が実現する、という単純な論理。しかし彼らが動いたのがこの時期だという事実の裏に、別のものが見えた。四点提案が通り、樺太が承認され、日本は連盟に残り続けている。孤立して立つべきだ、と信じる者たちの足元から、孤立すべき理由が抜かれ続けた三年間だった。
追い詰めたのは、誰の紙か。
不快な考えだった。黒瀬はその考えに蓋をして、蓋が閉まらないことを確かめた。
結末は、電報の断片からでも見えた。陸軍の首脳部——統制派——は鎮圧を選ぶ。感情の派閥——皇道派——を潰して、自分たちが台頭する。感情は読めるし、疲弊する。組織は遅いが、疲弊しない。
田中の名前は、電報のどこにもなかった。あの男は、動く側ではなかった。動いた後に、残る側だった。
*
東京、宮中。
「朕が股肱の老臣を殺戮す、このごとき凶暴の将校等、その精神においても何のゆるすべきものありや」「朕みずから近衛師団を率い、これが鎮定に当らん」——側近の記録に残ることになる言葉だった。
詔書を二日止めた老提督と、黙って判を押した老蔵相は、その言葉の中で「朕が股肱」と呼ばれた。
叛乱、という言葉の向きが、この一言で決まった。
新聞は初め「蹶起部隊」と書いた。戒厳司令部の発表が「叛乱軍」になると、紙面の看板は一日で掛け替わった。同じ整理部の、同じ活字の箱からだった。
三年前、五・一五の被告に百万の減刑嘆願を集めた国だった。今度の将校たちにも、雑誌が「純情」の二字を用意し始めていた。殺された二人の老人の名前は、純情の後ろに、小さく組まれた。
*
二十七日、戒厳令。二十八日、原隊復帰命令。二十九日、大部分が投降。
岡田首相の生存が判明した。邸内に潜んでいた。死んだのは義弟の松尾大佐だった。斎藤邸からの追報には、夫人が身を挺して夫を庇い、腕に銃創を負った、とあった。幣原先生に、被害はなかった。
二十八日、連盟の会合が始まり、黒瀬は立場書を読み上げた。制裁継続を日本は支持する。会議室の空気は薄かった。イタリアはいない。ドイツはいない。東京は戒厳令の下にあった。
会合の帰り、廊下で佐藤尚武に呼び止められた。欧州の任地から、会合のために来ていた。穏やかな顔の奥に、何層もの計算を畳んでいる男だった。
「東京は大変なことになった」と佐藤は言った。「不安か」
「電報を待つことしか、できません」
「外交官は、祖国が燃えている時ほど、外にいる意味がある」と佐藤は言った。「中にいれば、一人の避難民だ。外にいれば、まだ日本の声でいられる」
二人は窓際に立った。レマン湖が遠くに見えた。
「樺太の承認の件、お礼を申し上げる機会がありませんでした」
「礼には及ばない。チェコの前例を思い出させただけだ。それに——あれは君の設計図が良かったから通ったのではない。英仏に、承認したい事情があっただけだ」
「分かっています」
「分かっているなら、いい」と佐藤は言った。「事情で動いたものは、事情が変われば剥がれる。剥がれない釘を打つのが、これからの君の仕事だ」
佐藤は歩き去った。足音が、静かに遠ざかった。
三月九日、広田弘毅内閣成立の報が届いた。外務省の人間が首相の椅子に座った。しかし組閣の顔ぶれには、陸軍の指が入っていた。椅子の下の地盤を、陸軍が舗装し直し始めていた。
*
三月の初め、石射からの私信が届いた。公電に載らない紙が、二枚入っていた。一枚は、省内の様子だった。もう一枚は、蹶起趣意書の写しだった。
「所謂元老、重臣、軍閥、財閥、官僚、政党等はこの国体破壊の元兇なり」——檄文の型どおりの文字列の中に、一行、型の外の文字があった。
——「樺太ヲ外人ニ売リ、渙発ヲ阻ミシ奸臣ヲ誅ス」
黒瀬は、その一行を三度読んだ。
名前は書かれていなかった。しかし、詔書を止めたのは斎藤実で、承認を決めたのは高橋是清だった。そして、樺太を設計したのは——。
この一行がなくても、二人は死んだのか。
軍事予算を削ったのは高橋で、宮中の側近だったのは斎藤で、将校たちの的は初めからそこにあった。趣意書の一行は、的に貼られた紙の、何枚目かに過ぎないのかもしれない。かもしれない、の先が、なかった。確かめる方法は、この世のどこにもなかった。
証明できない罪は、無罪にならない。裁く法廷が、ないだけだった。
その夜、黒瀬はトランクの底から紙入れを出した。
二枚あった。渙発されなかった詔書の写し。承認の閣議決定の写し。東京を発つ時、なぜ入れたのか自分でも分からないまま、持ってきた紙だった。
二枚を、机に並べた。
判は残っていた。「斎藤」「高橋」。押した手が、もうなかった。
言語は、静かだった。ドイツ語も、フランス語も、ロシア語も、何も言わなかった。頭の中は、雪の後の街のように静かだった。
静かなのに、黒瀬は小瓶の栓を開けた。
規則を、自分で破った。初めてだった。
*
翌日、黒瀬は代表部に行かなかった。その翌日も、行かなかった。
森田が宿舎に電話を寄越し、黒瀬は風邪だと答えた。声だけは、風邪の声を作れた。髭は、剃らなかった。カーテンは、閉めたままにした。窓の外でレマン湖が暗くなり、明るくなり、また暗くなった。
三日目の夕方、扉が叩かれた。
森田の叩き方ではなかった。
ミリアムが立っていた。長い汽車の匂いをまとって、書類鞄を提げていた。
「最終確認が延びたの」と言った。「向こうが、東京の様子を見極めたがってる。だから文書の形式だけでも先に固めておきたい。三本の柱の付属書に、条約局の照合印が要るのよ。あなたの判が」
ミリアムは部屋の中を見た。閉めたカーテン。机の上の二枚の紙と、檄文の写し。伸びた髭。それから——机の隅の、空の小瓶が五本。
何も、言わなかった。
鞄から書類を出して机の端に置き、外套を脱ぎ、椅子に座った。
「明日の昼の汽車まで、時間があるの」と言った。それだけだった。
夜の間、二人はほとんど話さなかった。灯りは、一つ消して、一つ残した。
一度だけ、ミリアムが机の二枚の紙を見て言った。
「高橋、という判。あの綴りで見たわ」
「……ええ」
「判を押した人は死ぬ。判は、死なない」とミリアムは言った。「だから紙にしておくんでしょう。あなたたちの言い方で言えば」
人ではなく、紙に残しなさい——堀の言葉と、同じ形だった。
黒瀬は、少しだけ眠った。
*
朝、目が覚めた。
カーテンの隙間が白かった。雪ではなく、朝だった。
言語は、静かだった。
昨夜から小瓶は、使っていなかった。使っていないのに、静かだった。初めてミリアムに会った年の冬と、同じ静かさだった。
ミリアムは椅子で眠っていた。外套を毛布の代わりに掛け、書類鞄を膝に抱えたままだった。
黒瀬は音を立てずに顔を洗い、髭を剃った。剃り終える頃、ミリアムが目を覚ました。
「判、押すわよね」と、寝起きの声で言った。
「押します」
付属書の三箇所に、条約局の照合印を押した。自分の手が、朝の光の中で動いた。
判は、押す手があるうちに押すものだった。
昼の汽車で、ミリアムはモスクワへ発った。プラットフォームで、振り返らなかった。振り返らないのが、あの人の見送られ方だった。
代表部に戻ると、机に紙が積もっていた。黒瀬は一番上の一枚を取り、万年筆の蓋を開けた。
続けるしかない、と思う必要は、もうなかった。手が、先に動いていた。
火・木・土曜 朝6時更新。(全20話/11月12日完結予定)
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