海沿いの倉庫を出たオレは、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
目の前には、見渡す限りの青い空と海。そして、その向こうに広がる見知らぬ街並み。自分がいた電脳都市とは何もかもが違う。それなのに、だからこそといったほうがいいだろうか。不思議と不安よりも好奇心の方が勝っていた。
「よーし! それじゃあ、舞網市観光ツアー、華麗に開幕だ!」
隣を歩く沢渡が、両手を広げて大げさに宣言する。どうやらコイツは、こういう演出が好きらしい。そしてもちろん⸺
「おおっ、いいね! そういうの、オレも大好きだぜ!」
「フッ、分かってるじゃないか! この沢渡シンゴ様が直々に案内してやるんだ。感謝してついてくるんだな!」
「頼りにしてるぜ、沢渡!」
沢渡は一瞬だけ拍子抜けしたような顔をした。
(先ほどのデュエルじゃあ、俺の知らない召喚方法を繰り出し、最後にはとんでもない逆転劇を演じてみせた。榊遊矢みたいな顔だし、もっと気取ったところのある人物かと思っていたが、こうして話してみると、案外気さくなヤツなんだな……
ま、時折妙に決めたポーズを取ったり、何かを思いつくたびに芝居がかった笑みを浮かべたりするあたり、普通のデュエリストとも少し違うようだ。むしろ
「ところでユーク、お前、さっきから何でも珍しそうに見てるな。そんなに舞網市が気に入ったのか?」
「そりゃあな! 知らないものがいっぱいあるんだ。見てるだけでもワクワクするだろ?」
「まあ、それはそうかもしれないが……、そうだ!」
沢渡は少し得意げに胸を張った。
「この街にはな、デュエルの為の塾がたくさんあるんだ。デュエルの腕を磨くなら、うってつけの場所ってわけだぜ!」
「へえ! だからそれでさっきから塾の広告がそのへんに出てんだ」
「そう、そしてその中でもエリートが通うレオ・デュエル・スクール……通称LDSの主席とはこの俺、沢渡シンゴ様なのだ!」
「すごいんだな、アンタって」
くるくると回りながら決めポーズを取っている。愉快なやつだ。
「オレのいたとこじゃ、デュエル塾とかは無くて、授業でデュエルを扱ったり、フリーマッチで腕を磨くしかないからな……」
「しかも、それだけじゃあない! アクションデュエルって知ってるかい?」
「アクションデュエル?」
「そう!! リアルソリッドビジョンを使って、モンスターと共に地を蹴り宙を舞うのさ!」
へえ、と感心する。コストの問題とかで全然オレの住んでたとこじゃ発展してなかったからな……。モンスターと一緒にデュエルできるのは楽しそうだ。それでも、自分の世界のデュエル文化で自慢できそうなものを思い出した。
「あ、でも、《リンケージ》はあったな!」
「リンケージ? 何だそれ。」
「電脳空間さ! そこにいろんなデュエリストがアクセスして、デュエルが出来るんだよ。素顔じゃなくてアバター使ってるんだけどな。そこで人気のデュエリストはインフルエンサー……つまりカリスマデュエリストって呼ばれるんだ!」
「カリスマ……デュエリスト! お前のとこも凄そうだな。いつか見てみてえが……」
「オレがこっちに来られたんだし、沢渡もいつか行けるかもしれないぜ。……まあ、オレが帰れなかったら困るんだけどさ」
冗談めかして言ってみたものの、帰り方が分からないのは事実だった。
それでも、ここには自分の知らないデュエルがある。知らない戦術があり、知らないエンタメがあり、まだ出会っていないデュエリストたちがいる。
そう思うと、どうにもじっとしていられなかった。
――もっと見たい。もっと知りたい。そして、オレ自身のエンタメデュエルを完成させたい。今はまだ、シグに言われたように、その場のノリと相手任せのデュエルだから。
驚かせるだけではない。相手の心を動かし、次のデュエルを楽しみにしてもらえるような、自分だけのデュエルを。
「……そういえばさ、沢渡。さっき、オレと似た顔の奴がいるって話してただろ?」
「ああ。榊遊矢のことか?」
「そうそう、サカキユウヤ! 全然知らねえし、心当たりも無いんだけど」
「アイツは舞網市じゃあかなりの有名人でな。デュエルをやってる奴なら、知らない方が珍しいんじゃないか?」
「へえ……どんなヤツ?」
自分と同じ顔をした人物。そして、自分と同じようにエンタメデュエルを志すデュエリスト。気にならないわけがない。
「ペンデュラム召喚の創造者で、プロのエンタメデュエリスト!そして俺のライバルだな」
ふふん……と胸を張る沢渡。
「ペンデュラム召喚な……さっき沢渡がやってた、モンスターを一気にばーっと出すやつだったよな。なあ、そいつって今どこにいるんだ?」
「さあな。俺だっていつでも居場所を知ってるわけじゃないぞ。会いたいなら、あいつが所属してる塾の連絡先を教えてやってもいい」
「ホントか!? 頼むよ! マジでイイやつじゃん!」
オレは目を輝かせて沢渡に迫る。
自分と同じ顔をした人間が、この世界でどんなデュエルをしているのか。いったいなぜオレはこの世界に来てしまったのか。その理由を探る手がかりが得られるかもしれない。
そんな期待を抱きながら、オレはスキップ一歩手前のような軽い足取りで、沢渡に案内されながら少し日が傾き始めた舞網市を歩いた。
◆
街灯がポツポツとついてきて、夜が始まろうとしているノードシティ。夕暮れの光が差し込む部屋で、俺は端末の画面を睨んでいた。
「……おかしい」
画面には、ユークの活動予定と連絡履歴が表示されている。いつもなら、どれだけ忙しくても短いメッセージか、ふざけたスタンプのひとつくらいは返ってくる。それが、数時間前から何の反応もない。
最初はデュエルか配信が長引いているのだと思った。だが、予定表に該当する仕事はない。電話にも出ず、メッセージも未読のままだった。
「まさか、また何か面倒なことに首を突っ込んだのか……?」
思わず漏れた呟きに、小さくため息をついた。
ユークは面白そうなことを見つけると、後先を考える前に飛び込んでしまう。だが、約束や仕事を無責任に放り出すような人間じゃない。喧嘩したときでさえ、帰るときには一言告げてきた。
だからこそ、何の連絡もないことが引っかかる。
俺は端末を操作し、ユークが最後に接続していたリンケージの記録を開いた。これはログイン、これはワールドの移動ログ……それでこれは会話したログで……と、俺は順番にログを追っていく。
そして一番下。そこに残っていたのは、奇妙な通信ログだった。
「……何だ、これ?」
時刻は、ユークと連絡が取れなくなる直前。通常の通信記録とは異なる形式のデータが、ログの一部に混じっている。発信元は不明だし、宛先も不明だ。通信経路を示す情報は途中で途切れており、残されたデータにも整合性がない。
まるで、存在するはずのない通信が、無理やり記録の中へ割り込んできたかのようだった。
俺は奇妙なログを切り出し、解析用のプログラムを走らせた。既知の通信エラーと照合してみるが、どれにも一致しない。
単なる通信障害ではない。少なくとも、俺の知っているシステムでは説明がつかなかった。
「ユーク……お前、いったい何に接続した?」
◆
解析を始めてから、どれほど時間が経っただろうか。教師に帰宅を促され、家でも解析を続けていた。母さんは俺がこういうことをするのに慣れているため、今更なにも突っ込まれていないのは幸いか。
ユークは祖父と二人暮らしをしているが、ユークの爺ちゃんはたしか町内会の温泉ツアーで不在だったはず。ユークが帰宅しなければ、爺ちゃんも心配するだろう。
明日は土曜日……この週末でケリをつけないと。
俺は椅子の背にもたれ、画面に表示された波形を見つめていた。データそのものは破損している。しかし、これは無意味なノイズというわけでもないらしい。
「ちょっと待て、これはなんだ?」
何らかの接続先を示す構造が見え隠れしている。ただし、それはこのノードシティに張り巡らされているネットワークとは一致しなかった。
「既存のサーバーでも、リンケージすらない……?」
俺は解析条件を変更し、別の角度からデータを洗い始めた。すると、先ほどまで見えなかった反応が波形の一部に現れた。
信号が何を意味しているのかは分からない。ユークの位置を示しているのかもしれないし、まったく別の現象かもしれない。それでも、少なくとも何かが⸺
「呼んでいる、みたいな」
このデータを放置することはできなかった。
「……危険性は高いだろうな。接続先も不明だ。罠の可能性だってある」
通常なら、ここで作業を中断して専門家に解析を依頼するべきだ。だが、結果を待つあいだにユークがどうなってしまうのか分からない。
俺は目を閉じ、短く息を吐いた。
「待ってろよ、ユーク。今、見つけてやるからな」
これでも前世はシステムエンジニアだったんだ。読み取りだけに限定すれば、少しくらいは確かめられるはず……だ!
俺は端末への干渉を遮断し、データの読み取りだけに限定して接続を試みた。接続要求を送信すると、画面が一瞬暗くなった。
直後、見たことのない文字列が画面を埋め尽くす。
「⸺は?」
⸺接続先:未確認
⸺認証情報:該当無し
⸺通信経路:再構築中
俺は即座に切断コマンドを入力した。しかし、反応がない。画面の中ではデータが増殖し、波形が激しく乱れている。
そこに、ひとつの表示が浮かび上がる。
Unknown destination detected.
「接続先が不明……? そんなものに、どうして接続が成立しているんだ!」
端末の電源を落とそうとした。だが、画面は消えない。やがて、そこから溢れ出した光が周囲を照らし、画面の中だけだったはずのノイズが空間へと広がっていく。
視界が歪んだ。音が遠ざかり、足元の感覚が消えていく。身体がどこかへ引きずられていくようだった。
「くっ……! 切断しろ、切断……!」
最後に見えたのは、画面いっぱいに広がる白い光だった。
◆
頬に触れる風の冷たさで、俺は目を覚ました。
「……う、ん……」
ゆっくりと身体を起こす。頭が重い。何が起きたのか、記憶をたどろうとして、すぐに異常な事態を思い出した。
端末を追っていたはずだ。正体不明の信号に接続して、それから⸺。
「……ここは?」
見知らぬ街だった。
目の前には見慣れない建物が並び、通りの向こうから人々の話し声が聞こえてくる。空を見上げても、ノードシティの見慣れた景色はない。周囲の様子は現実そのものなのに、自分の知っている場所とはどこも一致しなかった。
ただ、街並みには妙な既視感があった。デュエルモンスターズのカードを使った広告。どこか派手で、色彩豊かな建物。
まさか、そんなはずは……。
俺はすぐに端末を確認した。画面はひび割れていない。電源も入る。だが、接続は失敗するばかりだった。
「通信圏外……? いや、そもそも、ここは本当に⸺」
言葉を止め、俺は周囲を見回した。
まずは情報収集だ。自分がどこにいるのか、何が起きたのか。判断するのは、それからでも遅くない。
ユークがこの世界にいるという保証はない。ここがどこなのかさえ分からない。それでも、あの信号を追った先で自分がここにいる以上、無関係だと決めつけることもできなかった。
「まさか、世界転移するとはな」
俺は首を振って気を取り直し、見知らぬ街へ視線を向けた。
「……待ってろよ、ユーク。必ず見つけ出してやる」
◆
「おーい、ユーク! 何ぼーっとしてるんだ? 次はあっちだぞ!」
「おっと、悪い悪い!」
沢渡に呼ばれ、ハッとして小走りで追いついた。
ほんの一瞬、耳の奥で何かが弾けたような気がした。ノイズに似た、微かな違和感。だが、周囲を見回しても、何かが起きた様子はない。
「どうした?」
「いや……何でもない!」
その時、沢渡の携帯端末に着信が届いたようで、隅の方に行って何やら話し始める。
「あーあ、舞網市かあ……。このまま帰れなかったらどうしようかな。この街でデュエリストとして食っていけるか……?」
考え始めると、心配事は次々に浮かんできた。今日の宿はどうする。飯はどうする。手持ちの金は全部電子マネーだけど、この世界でも使えるのか?
そんなことを考えていると、沢渡が戻ってきた。
「おい、ユーク。ウチの
……! 持つべきものはやっぱ友だな! 最悪の場合、社長に縋って宿を用意してもらおう!
◆
やっぱり、というか、この街はどうやら遊戯王ARC-Vのペンデュラム次元……もとい、舞網市らしい。
道理でデュエル塾の広告や看板が多いわけだ。いや、あのバカでかいLDSのビルを見た時点で、薄々そんな気はしていたけど!
問題は、なぜ俺たちの暮らしていた街からここへ転移したのか、ということだ。多重トリップなんてするのか? いったいどういう仕組みなんだ?
考えても答えは出ない。まずは情報を集めるしかないか。
そう思った矢先、通りすがりの人たちの会話が耳に入った。
「さっきSNSで宣伝してたんだけど、沢渡がデュエルするって!」
「LDSでデモデュエルらしい。ネット配信もしてくれるって!」
「見ようよ!沢渡のエンタメデュエルって好きなんだよね!」
⸺沢渡。沢渡って言われて一番最初に思い浮かぶのがあの……謎のダーツデッキを使ってペンデュラムカードを奪ってボコボコにされたり、帝デッキを使ってユートにボコボコにされたり(中略)魔界劇団を使うことになった、あの沢渡!?
ARC-Vの原作キャラクターだ。遊戯王の世界に転生してきたのなら、こういう出会いを期待していなかったと言えば嘘になる。
どこかで観戦できる場所はないかと周囲を見回した、そのときだった。
カードショップの店頭に、大きなポスターが貼られている。エンタメデュエリストとして、沢渡やデニスの写真が並んでいた。
そして、その隣に――ユークの姿があった。
「……は?」
二次元になっても、あの特徴的な顔を見間違えるはずがない。だが、よく見ると髪型も服装も、俺の知っているユークとは少し違う。
別人……なのか?
そう思いかけて、写真の横に添えられた名前へ目を落とす。そこに書かれていた文字を見て、俺は息を呑んだ。
⸺榊遊矢
なんで榊遊矢とユークが同じ顔してんだ?
本編中の沢渡さんとは違って、ユークは沢渡さんに対して神経を逆撫でしないでヘイトを買わないため、普通にエンタメしてくれる良い奴でユークからの評価が高いらしい。
\なんだ!沢渡っていいやつじゃん!/