『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「……第3チーム、前へ」
相澤の低く重い声が響く。
名指しされたのは、轟焦凍、常闇踏陰、障子目蔵、尾白猿夫、砂藤力道の5人。
轟の半冷半燃を中心とし、常闇の『黒影(ダークシャドウ)』や障子の索敵力、尾白・砂藤の肉体派を擁する、A組でも屈指の総合力を誇るチームだ。
だが、先に挑んだ10人の無残な姿を見た彼らに、楽観的な思いなど微塵もない。
「轟」
背後から尾白が声をかける。苦い顔で最奥を見つめていた。
「どう戦う? 相手は個性を消すだけじゃない。接触した瞬間に体の軸を奪い、こちらの力そのものを利用して叩きつけてくる。生半可な近接格闘は自滅にしかならない」
「ああ」
轟はオッドアイの瞳を冷たく光らせ、自らの左手に視線を落とした。
「近寄らせない。……それだけだ。八百万たちの作戦は正しかったが、規模が小さすぎた。間合いを潰す隙すら与えない巨大な構造物で、部屋ごと部屋の主を物理的に固める」
「おいおい……! 巻き込まれたら僕らもタダじゃ済まないよ!」
常闇の影から吐き出された黒影が、恐れをなすように身を縮める。
「俺たちが近づく必要はない。障子と尾白、砂藤は出口の死角を固めておけ。常闇は俺の広範囲攻撃の『外側』を覆い、逃げ道を塞ぐ。……俺一人で固める」
爆豪の身勝手な突破でもなく、緑谷たちの細かい連携でもない。
「接触の機会そのものを与えない、圧倒的な質量による物理的な拒絶」。それが轟の解だった。
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ビル4階、天井の高い大広間。
広間の真ん中に、イレギュラーが静かに佇んでいる。
ハーフバイザーに映る5人の影。彼は構えすら取らず、ただ腕を垂らしたまま、彼らの骨格の「重心」だけを測っていた。
「……開始(スタート)!!」
オールマイトの合図が響いた瞬間、轟が踏み込んだ。
「ハッ――!」
右足を床へ叩きつける。
次の瞬間、バリバリバリッ!! という凄まじい砕氷音が大広間に轟いた。
床から生え出た巨大な氷の尖塔群。部屋の天井を突き破らんばかりの膨大な『氷結』が、雪崩となってイレギュラーへ押し寄せる。
(触れさせない……! 個性の範囲がどれほど広くとも、この質量の氷を一瞬で消し去ることは不可能なはずだ!)
大広間の半分が瞬く間に白銀の氷塊で埋め尽くされた。
猛烈な冷気が室内の温度を急降下させ、見守る障子たちが腕で顔を覆う。
「やったか……!?」
砂藤が叫ぶ。氷塊はイレギュラーの姿を完全に見えなくさせ、広間の中央を巨大な氷の城へと変貌させていた。
だが――。
(……浅い)
轟の肌が、異様な「違和感」を捉えた。
氷が迫る直前、イレギュラーは逃げるのではなく、氷の波の『目(亀裂)』へ向かって一歩踏み出していた。
氷結が完成するその一瞬手前。イレギュラーの手が、押し寄せる先端の氷の塊に触れる。
『虚』。
接触した一点から、物理現象としての氷結反応がピタリと沈黙する。
広大な氷の山の中に、たった一箇所――「凍結が不発に終わった直径一メートルの空洞」が発生した。
氷の山が完成した凄まじい音の直後、ガキンッ! と硬質で冷たい衝撃音が響く。
「な――」
轟が目を見開く。
巨大な氷の壁をぶち破り、砕けた氷片の煙幕を割って、黒い影が飛び出してきた。正確には割ったのではない、轟の個性の影響を受けて構成された個性の氷を個性で弱めた結果だ。
氷で閉じ込めたはずの男が、服に氷の結晶すら付着させず、完全な無傷で迫ってくる。
「ダークシャドウッ! 押し戻せ!!」
絶叫した常闇の体内から、影の巨腕が飛び出した。
氷片を撒き散らしながら、イレギュラーの胸元へ黒影の爪が迫る。
だが、イレギュラーは迫る黒影の爪の「側面」に、オープンフィンガーの掌を滑らせた。
『虚』。
「ギャッ――!?」
常闇の悲鳴。
接触した瞬間、ダークシャドウのエネルギー体としての構造が分解され、手応えを失って霧のように力を失い強制的に常闇の中に戻った。個性を強制解除された反動で、常闇の体が激しく揺らぐ。
「常闇君!!」
尾白が『尾』をしならせ、空中で横薙ぎの一撃を放つ。
しかし、イレギュラーはその尾の運動軌道を完全に見切っていた。
尾が首元を捉える直前、イレギュラーは上体をわずかに沈めながら回避し、そのまま回転し迫る尾の『付け根』への肘打ちを叩き込んだ。
ゴッ――。
「ぐああああっ!?」
自慢の尾の関節を支点から解体され、尾白の身体が砕け散るように回転して床に激突する。
「この野郎ッ!!」
砂藤が『シュガードープ』で強化・肥大化させた拳を突き出し、障子が出現させた複数の腕で左右から挟み込もうとする。
だが、イレギュラーの足捌きは彼らの巨体と密着した間合いの「死角」を完璧に抜けていた。
砂藤の突き出した右拳の肘に触れ、『虚』で筋力を減衰させると同時に、その肘を折りたたむように押し込む。砂藤の身体がよろけその拳が、そのまま隣にいた障子の顔面へと突き刺さった。
「ぶふっ!?」
「あ……!?」
味方の巨体同士が激しくぶつかり合い、崩れ去る。
そこへ、イレギュラーの無駄のない足刀(そくとう)が二人の腹部を同時に撃ち抜いた。
砂藤と障子の2人が痛みで意識を持っていかれる。
残されたのは、氷を結晶化させたまま凍りついている轟焦凍、ただ一人。
「……くそっ……!」
轟が左手を掲げ、兄の事故もあり使用を控えていた灼熱の炎を噴出させようとした。
(氷がダメなら……熱量で焼き払う――!)
だが、炎が上がるよりも早く。
イレギュラーが、轟の左腕にある「意識の外(死角)」へと滑り込んでいた。
熱気が掌を焦がす前。イレギュラーの手が、轟の左首筋と肩の関節に静かに置かれる。
『虚』。
首筋から全身へ駆け抜ける、冷ややかな不活性の波。
左手から上がろうとしていた赤熱の炎が、ぷつりと糸が切れるように消えた。
「が……っ……!?」
熱を失い、個性が沈黙する。
轟は必死で右足の氷を使おうと床を踏み締めようとしたが、すでにイレギュラーの手が、轟の腰の「体軸(重心)」を軽く押しずらしていた。
人は、重心を失えば踏み込むことすらできない。
物理的に踏ん張りを奪われた轟の体が、思い通りにならず地面へと崩れていく。イレギュラーは倒れ込む轟の首筋へ、力を込めない正確な打撃を落とした。
「……ぁ……」
オッドアイの瞳から光が消え、轟焦凍の膝が床についた。
全滅。
経過時間、一分五十秒。
A組最強の一角すら、自慢の圧倒的範囲攻撃を「物理の理」と「一点の虚」でいなされ、何一つ成す術なく沈められた。
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モニター室。
もはや、声をあげる者すら居なかった。
切島も上鳴も、意識を取り戻したばかりの爆豪すら、血の引きちぎられたような顔で画面を見つめている。
「……氷を……『触れたところだけ消して』通り抜けた……?」
出久が引きつった声で呟く。
「そんなの……そんなの、個性の強さじゃない……。あの人は、轟くんの氷の『密度の薄い場所』を目で見極めて、そこだけを殺して入ってきたんだ……!」
圧倒的な個性など、彼にとってはただの「障害物」に過ぎない。
人間が肉体を使って動いている限り、どんなに華やかな個性を振るおうと、骨格と重心、運動のベクトルという「不変の物理」からは逃れられない。
画面の中。
倒れた5人の真ん中で、イレギュラーは呼吸一つ乱さず佇んでいた。
ハーフバイザーの奥から、冷淡な機械音が漏れ出る。
「……個性の規模に酔うな。出力が大きいほど、隙も大きい。以上だ」
氷の破片が溶け落ちる冷たい音だけが、絶望に満ちた大広間に寂しく響いていた。