『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
残された第4チーム――峰田実、耳郎響香、口田甲司、青山優雅、葉隠透の5人。
前の3チームが手も足も出ずに全滅した光景を目の当たりにし、彼らはすでに恐怖でガタガタと震えていた。
もはや「勝つ」ための策など存在しない。
「うああああん! 無理だって! プロに生身で勝てるわけねぇだろーッ!?」
峰田が涙と鼻水を流しながら叫ぶ。
演習開始の合図とともに、青山の『ネビルレーザー』や耳郎の『イヤホンジャック』による遠距離音波が放たれるが、イレギュラーは遮蔽物を完璧に利用し、音と光の軸を軽々と切ってみせた。
音も立てずに忍び寄る190センチの影。
姿の見えない葉隠は立ち位置の癖(重心の偏り)を見抜かれて即座に首筋を払われ、青山のレーザーは照射の予備動作を潰されて不発。口田の呼び寄せたネズミたちは、躊躇なく踏みつぶされ恐れをなして散走した。
パニックになった峰田がもぎって投げつけた『モギモギ』のブドウ弾も、イレギュラーのオープンフィンガーグローブが触れた瞬間――『虚』によって粘着性を奪われ、ただの硬いゴムまりとなって床へ転がった。
最後は、恐怖で腰を抜かした峰田の眼前に静かに手が差し伸べられ、演習は終了した。
経過時間、四十八秒。
全4チーム、20名の生徒全員が、誰一人としてイレギュラーに掠り傷すら与えられず、完全制圧された。
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モニター室。
全員が集められた室内は、お通夜のような静寂に包まれていた。
膝をつき、悔しさに拳を床へ叩きつける爆豪。右手を握りしめ、己の無力さに唇を噛みちぎりかねないほど強く噛む緑谷。自慢の氷結をあっさり突破され、ショックで呆然と立ち尽くす轟。
そこへ、強化外骨格を着用していない生の姿のまま、イレギュラーが足音もなく戻ってきた。相澤とオールマイトが、生徒たちの前に立つ。
「……以上で、特別戦闘演習を終了する」
相澤の冷ややかな声が落ちる。
「言いたいことは山ほどあるが……総括はお前たちが一番よく分かっているはずだ。個性の強さ頼り、身勝手に突っ込んだ者。作戦を立てた気になって、敵の動線や身体構造を一切見ていなかった者。個性の『規模』に従い、物理的な隙を突かれた者。……お前たちは全員、ヒーロー以前に『戦う人間』としてあまりにも未熟だ」
生徒たちは一言も言い返せない。
オールマイトが、いつもの爆発的な笑顔を封印し、重々しい面持ちで一歩前に出た。
「みんな……悔しいかい。怖かったかい。……しかし、これが『現場』だ。ヴィランは君たちの個性の準備を待ってはくれない。君たちが誇るその素晴らしい個性も、一歩間違うか、対策を持った敵と出会えば、一瞬で封じられる刃になり得るのだ」
オールマイトは隣のイレギュラーを穏やかな、しかし尊敬の念を込めた目で見つめた。
「彼――イレギュラー君は、特別な超パワーや派手な破壊力を持っているわけではない。彼にあるのは、己の肉体を極限まで使いこなす『理』と、どんな絶望的な状況でも生き残ってきた『経験』だ。君たちがこれから目指すべきものは、ただ個性を強くすることではない。個性が消えても、なお立っていられる『強い人間』になることだ」
ハーフバイザーの奥から、イレギュラーの機械音が静かに響く。
「……個性は道具だ。体はその基盤だ。基盤が脆ければ、どんな道具も簡単に壊れる。……自分自身の身体を知れ。話はそれからだ」
過剰な説教も、煽りもない。
ただ事実だけを告げて背を向ける男の背中に、生徒たちは息をのんだ。
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放課後。1年A組の教室。
本来なら賑やかなはずの教室は、重苦しく、しかしこれまでとは明らかに違う「質の違う静けさ」に満ちていた。
「……クソが」
爆豪が低く呟き、鞄を掴んで立ち上がった。
その眼光には、いつもの単なる怒りではなく、底知れない屈辱と、それを塗りつぶすほどの激しい執念の火が宿っていた。
「……見てろよ。絶対に……あの生身のオッサンを叩き潰してやる……!」
爆豪は誰とも目を合わせず、教室を後にした。
出久は自分のノートを開き、びっしりと書き込みを始めていた。
イレギュラーの踏み込み、体軸の崩し方、個性を発動させる瞬間の癖。
(僕たちは……甘かったんだ。オールマイトのような力に憧れて、個性の出力ばかり見ていた。でも、あの人は『人間の体』そのものと戦っていた……!)
隣では、轟が自分の掌をじっと見つめていた。
炎と氷。その圧倒的な出力の影に隠れていた、己の肉体の弱点。
「……もう一度、鍛え直す」
轟の小さな呟きに、切島や飯田、百たちも強く頷いた。
打ち砕かれたのは、ヒーロー候補生としての生れてしまっていた不遜な慢心。
だが、その粉々になった破片の中から、彼らは初めて「真の強さ」とは何かを学び取り、泥臭く這い上がるための爪を研ぎ始めていた。