『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
実技授業の惨敗から数日後。
1年A組の雰囲気は明らかに変わっていた。
表面上の全能感を打ち砕かれた生徒たちの間で、一つの「選択」が迫られていたからだ。
「……業務時間の範囲内であれば、指導ではなく『練習台(スパーリングパートナー)』としてなら相手をしてやる。朝の始業前に1時間、放課後に2時間だ」
そう告げられた時、真っ先に手を挙げたのは爆豪勝己、緑谷出久、轟焦凍の3人だった。
続いて切島鋭児郎、飯田天哉、八百万百。
自慢の力を理不尽なまでに解体され、己の足元の脆さを突きつけられたクラスの約3割――6名の生徒が、その「特訓」という名の地獄に足を踏み入れることを志願した。
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### 早朝 6:30 ―― 疑似街区グラウンドβ
朝の冷たい空気が張り詰める室内練兵場。
集合した6人の前に、ハーフバイザーを着用し、オープンフィンガーグローブを嵌めただけの生身のイレギュラーが立っていた。
KISARAGI製の強化外骨格もなければ、装甲もない。
当然、手加減や懇切丁寧なアドバイスを期待する者など、ここには誰一人としていなかった。
「……ルールは一つだ」
冷酷な音が、静寂を切り裂く。
「『個性は禁止』。全員で同時にかかってこい。制限時間は朝1時間、放課後2時間だ。倒れた奴から順次、外れて休め」
「……へっ、望むところだ……!」
爆豪が両拳を握り締め、牙を剥く。
個性という絶対的な武器を封じられ、純粋な「生身の肉体と骨組み」だけでプロの怪物へ挑む。
「始め」
一言。それ以上のアドバイスも、励ましも、技術の解説もない。
直後、爆豪が先陣を切って突進した。
個性の推進力がない爆豪の踏み込み。その軸足を一瞥した瞬間、半歩だけ滑り、爆豪の突き出した右拳の肘を下から掌で跳ね上げた。
崩れる体軸。そのまま爆豪の顔面に掌底が吸い込まれる。
「ガ……ッ!?」
鼻血を吹き出し、膝が崩れ後ろへ倒れ始める爆豪。
間髪入れずに左から踏み込んできた飯田に対し、振り返りもせず、倒れる爆豪の肩を支点にして円を描くように身を翻した。飯田の伸びやかな蹴りは空を切り、無防備になった太ももの神経節へ、鋭いローキックがめり込む。
「ぐわああっ!?」
飯田の脚が麻痺し、床へ崩れ落ちる。
「出久、八百万、合わせろ!」
切島が叫び、個性を封じられた素の肉体でかかっていく。
出久はノートで分析した「重心の移動」を必死で頭に浮かべながら間合いを詰め、轟は右の氷結に頼っていた身体の左側の死角を消すように腕を振るった。
言葉による指導は一切ない。
ただ、殴られ、蹴られ、投げられ、床に激しく叩きつけられる肉体言語の応酬。
「がはっ……!」「くおっ……!」「あぐっ……!」
手加減をしない。骨を外されれば、自分で嵌め直すしかない。
投げ飛ばされれば、受け身の取り方を自分の体で覚えるしかない。
なぜ自分が転がされたのか、なぜ技が入らなかったのか、理由を教えてくれる親切な教師などここにはいない。
『やって体験し、体で覚え、自ら思考して、己の中に落とし込め』
突きつけているのは、彼自身が血と汗の中で掴み取ってきた、純粋極まる「修練の真理」そのものだった。
「……左の脇が……空いてた……」
折れてはいないが、肋骨に激痛を走らせながら、轟が痛み混じりの息とともに地面を睨みつける。
右ばかりに頼り、左を嫌って引いていたから、あの位置から肘が入ったのだ。頭で理解するのではない。物理的な打撃の激痛が、身体の欠陥を嫌でも理解させていく。
「足の親指……踏み込みの……力が……外に逃げてた……!」
出久は顔面を土で汚しながら、何度も、何度も立ち上がった。
相手の動きを見切り、盗み、己の筋肉の動線へと還元していく。見取り稽古と実戦稽古の過酷な融合。
放課後 ――
2時間の激闘が終わりを告げた時、グラウンドにはボロ雑巾のように倒れ伏し、荒い息を吐く6人の姿があった。
全身打撲、擦り傷、関節の不協和音。
だが、誰の瞳も死んでいなかった。
恒久的な後遺症を残さないギリギリのラインで叩きのめされ続けた彼らの体には、確実に「生身の強度」と「身体の理」が刻まれ始めていた。
イレギュラーは汗ひとつ拭わず、倒れた6人を振り返りもしない。
業務時間の終了とともに、ただ無言でタオルを手に取り、退室していく。
余計な言葉は何も言わない。背中で、打撃で、結果だけで語る。
「……クソが……」
地面に這いつくばったまま、爆豪が血の混じった唾を吐き捨てた。
その口元には、屈辱を通り越した、獰猛で歪んだ笑みが浮かんでいた。
「……見えたぞ……オッサン……明日も……やってやる……!」
言葉なきスパルタの嵐の中で、A組の選ばれし爪たちが、静かに、そして強固に研ぎ澄まされていくのだった。