『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
4月第二週。
連日、朝と放課後に繰り広げられた無言の乱取り稽古により、志願した6人の身体構造と立ち姿は劇的に変わり始めていた。
無駄な大振りが消え、個性の発動前における体軸のブレが削ぎ落とされつつある。
そして、その日はやってきた。
レスキュー訓練施設『ウソの災害や事故の部屋』――通称USJ。
広大なドーム状の施設に到着した1年A組の前に立つのは、レスキューヒーロー・13号、担任の相澤消太、そして緊急時救助対応並びに護衛として同行したイレギュラーの3名だった。
13号による「個性の危険性と救助の心構え」の演習説明が始まった、まさにその時。
施設中央の広場――水難ゾーンと中央広場の狭間の空間が、まるで黒いインクを落としたかのように空間ごと歪み始めた。
「――集まれ! 動くな!」
相澤の怒号が響く。
黒い靄(モヤ)が渦を巻き、そこから溢れ出してくる異形の群れ。数十、数百に及ぶ実戦用のヴィラン連合。
「全員、退避しろ! 13号、避難誘導を頼む! イレギュラー――」
相澤が捕縛布を構え、飛び出そうとした瞬間。
「……待て」
ハーフバイザーを明滅させたイレギュラーが、相澤の肩を無圧の手で制した。
バイザーのデジタルグリッドが、渦巻く黒靄の中心と、その隣に佇む「異形の巨大な肉体」を拡大スキャンしている。
『個体識別:鳥型の巨躯。全身の筋肉組織が露出。身体密度――規格外』
『後方に黒靄の空間移動個性保持者、および首謀者らしき男』
「……相澤、雑魚の処理はお前がやれ」
強化外骨格のトルクを重低音で駆動させ、カチリと硬質な金属音を響かせる。
「俺は……あの『肉塊』を壊す」
相澤がゴーグルを装着し、中央広場の手下どもへ向けて躍り出た。
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避難を図ろうとした生徒たちの前に立ち塞がった黒霧。
空間を切り裂く広範囲の転移領域が広がりかけた、まさにその瞬間。
爆豪、切島、緑谷の3人が、個性を発動させる隙すら与えられない完璧な物理的ベクトルと遠心力によって、転移の死角である高台へ力任せに投げ飛ばされた。
「ぐわああっ!?」
瓦礫の上に転がる3人。視線を戻すと、広がりかけた黒靄の目前にイレギュラーが立ち塞がっていた。
「……個性を出そうとして軸を浮かせるな。教えたはずだ」
黒霧が放つ転移の黒靄が、イレギュラーの巨躯を飲み込もうと迫る。
だが、イレギュラーは一切の躊躇なく踏み込んだ。伸びてくる黒い靄に手が触れた瞬間――『虚』。
空間を歪ませていた個性の波動が沈黙し、黒靄は物理的な手応えのない「ただの霧」へと変わる。
イレギュラーはそのただの霧を意に介さず突き抜け、視界の悪さを意にも留めず、霧の奥にある発生源――実体である「首元の金属プレート」へ向けて迷いなく手を突き出した。
「な……ッ!?? 個性が……霧がただの煙に……!? 実体に届く――!?」
黒霧の焦燥した悲鳴。
金属プレートに掌が触れ、第二段階の不活性化が実体に叩き込まれる。空間の維持が完全に破綻し、ドーム内に広がっていた転移の渦が一瞬で途絶えた。
「……何だ、あのプロは……!?」
死柄木弔が不快そうにカリカリと首をかきむしる。
「黒霧の転移を止めた……? 計画と違うぞ……オールマイトはいないし、変なノイズが混じってる……!」
死柄木は血走った目でイレギュラーを指さした。
「やれ、脳無。あの黒いガラクタを細切れにしろ」
オアアアアアアアン―――ッ!!!!
脳髄を露出させた巨大な怪物『脳無』が、空気を爆裂させながら突進してきた。
超スピードと超筋力。足元のコンクリートが砕け跳び、一瞬でイレギュラーの眼前へ肉薄する。
イレギュラーはハーフバイザーの奥で、脳無の暴走する筋肉と運動軸を冷徹に計測した。
衝撃吸収と超再生。オールマイトを殺すためだけに作られた規格外の怪物。
だが、どれほど物理耐久と筋力が高かろうと、足の踏み込み、骨格の伝達、重心の移動という「物理の理」を使って動いている限り、隙は必ず存在する。
強化外骨格フレームが最高出力で咆哮する。積み重ねてきた武術の理と、現代の異能を抹消する『虚』が、殺戮の怪物と正面から激突する――。