『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
黒霧の『転移』がイレギュラーの『虚』によって強制解体されたことで、「生徒たちの広域分断」は未然に防がれた。
だが、危機が去ったわけではない。
「くっ……個性の波動が打ち消されただと……!?」
実体である首元の金属プレートに『虚』を撃ち込まれた黒霧は、激しい不快感と機能不全に慄き、自らの足でとっさに数メートル後ろへ後退した。イレギュラーはもっとも危険性の高い相手を警戒し動けない為、そしてそのまま走って離脱に成功している。
時間が経つにつれ、不活性化の波が和らぎ、黒霧の体表を再び漆黒の靄が覆い始める。
(……あのプロの力、恒久的な無効化ではない……! 触れられていなければ時間の経過とともに個性の出力が戻る……!)
黒霧は冷酷に思考を巡らせる。生徒たちが一箇所に固まっているならば、中央広場や各ゾーンに散っている雑魚ヴィランたちを『転移』で呼び寄せ、包囲網を作って押し潰せばいい。
黒霧が再び個性を練り上げ、広域転移の準備に入る。ほんのわずかな「時間稼ぎ」の猶予。
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「通信が……繋がらない! 妨害電波されてしまっている!」
入口付近で、13号が通信機を握り締めながら叫んだ。
施設全体の通信が遮断されている。この緊急事態を雄英校舎へ知らせる手段は、ただ一つ。
「飯田さん!」
八百万百が即座に『創造』で防護シールドを精製し、動揺する飯田天哉の前へ突き出した。
「再び個性を持ち直し、雑魚を集めて攻めてきますわ! この人数で全方位を守り切るには、陣形を整えて時間を稼ぐしかありません。あなたが先生方を連れてきてくださらなければ、私たちは全滅です!」
「だが……みんなを置いて自分だけ逃げるなど……っ!」
「逃げるのではありません、非常招集です!」
13号先生も、生徒に任せるのは辛いもののほかに方法がないのは理解していた。
「通信が死んでいる以上、外へ知らせに行けるのは『エンジン』を持つ飯田くんしかいません。 ここは任せていきなさい!」
毎朝と放課後の「無言の乱取り」で、何度も生身で叩きのめされてきた彼らに、もはやパニックや迷いはなかった。
「……了解した!! 必ず……必ずプロを連れて戻る!!」
飯田が脚のエンジンを爆音で噴射させ、重厚な扉の隙間を目がけて一直線に爆走を始めた。
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「集まりなさい……っ!!」
黒霧が個性を完全に取り戻し、ドーム各所から数百の雑魚ヴィランを転移で生徒たちの周囲へ一斉に吐き出し始める。包囲網が完成し、波のように襲いかかるヴィラン群。
「皆様、入口前を背にして扇状の防衛陣形(ファランクス)を! 切島さん、前衛の軸になってください! 爆豪さんと轟さんは左右の死角の掃討を! 後方からの物資供給と支援は私が引き受けますわ!」
八百万の冷静沈着な統合指揮が飛ぶ。
乱取り稽古によって「個人の物理的な穴」を自覚した生徒たちは、その指示に対して一切の迷いなく動いた。
(右の足軸が浮いている……! 無駄な大振りをするな……! 体軸を固定して、重心を落とすんだ……!)
緑谷は自分自身に激しく言い聞かせながら、腕を石に変えたヴィランの突進の軌道を見極める。
イレギュラーに叩きのめされた痛みの記憶が、身体の癖を修正させていく。踏み込みのブレを殺し、最小限の動きで敵の腕を捌き、体勢を崩したヴィランの膝裏へ的確な打撃を叩き込み転倒させると容赦なく拳を振り下ろす。
「予備動作がデけぇんだよダボが!!」
爆豪が疾走する。
以前のような「個性の勢いに任せた大振り」は消えていた。
踏み込みの瞬間に体軸を固定し、余計なタメを作らずに最小限の動作で掌から爆破を零距離で叩き込む。
ドガァンッ!!
「がはっ!?」
個性の出力に依存せず、骨格の伝達系を正しく通した爆豪の一撃は、威力をそのままに隙を削ぎ落としていた。
隣では、轟が氷による防衛陣地を作り終え両足を深く落として佇んでいた。
右の氷結だけに頼る癖を捨て、左側のトラウマに怯えて引き気味だった半身を、前へ押し出す。
(逃げるな……左を引けば、そこに死角ができる……!)
襲いかかるヴィランの懐へ踏み込み、左腕で相手の突進のベクトルをいなし、無防備になった足元へ最小限の氷結を叩き込んで全身を凍らせ固定する。
左の炎を無理に使わずとも、身体の「左の死角」を物理的な捌きで消すことで、彼の戦術は別次元の隙のなさへと昇華していた。
1年A組の生徒たちは、散開させられることなく、入口前で強固な「防衛陣」を維持し続けていた。
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そして――中央広場。
数百の雑魚を生徒へ向けた死柄木弔の目の前で、巨大な怪物『脳無』と、漆黒の強化外骨格を纏うプロヒーロー『イレギュラー』が、静かに間合いを詰めていた。