『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
広場の中央で、狂気が爆発した。
爆音とともにコンクリートの床が粉砕され、巨大な怪物『脳無』が視界から消失する。
圧倒的な肉体の威容。深度の深い黒い異形化個性と、薬物等による無軌道な生体強化。その凄まじい筋量が生み出す物理的暴力により、脳無は視界で捕らえるのが難しいスピードで踏み込んできた。
イレギュラーは視界のタイマーを6分で起動させ、読みで体をわずかに滑らせた。
一手目――脳無の丸太のような拳が、イレギュラーの左頬をかすめる。
直後、皮膚が裂け、鮮血が舞った。
衝撃波だけで空気を切り裂く暴力。しかし引き足もなければ、脇の締めもない。野生動物以下の、力任せで無造作な振り回し。
振り抜きざま、イレギュラーの左手が脳無の極太の腕に触れる。
『虚』。
異形化個性が抑え込まれ、脳無の腕の筋繊維がわずかに収縮した。
だが――個性が削られても減退したのは精々3割程度。薬物で引き上げられた生の肉体スペックと骨格の出力は、なおも一桁上のパワーで狂暴に暴れ回る。
かすめるだけでフレームが軋み、皮膚が裂ける。死柄木弔は歓喜に歪んだ顔で嗤(わら)った。
「ハッ、見ろよ黒霧! あのガラクタ、脳無のパンチを一発かすめただけでボロ雑巾だ!」
「……トムラ、お気をつけください」
黒霧は己の首元のプレートを無意識にかばうように、重苦しく進言した。
「あのプロの力……接触した個性を一時的に沈黙させます。下手に近づけば、私の転移も再び封じられかねません」
「……チッ、イライラさせやがる……!」
黒霧は自分自身の個性を殺された経験から警告を発したものの、脳無の内部で何が起きているかまでは知る由もなかった。
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脳無の無謀な大振りが空を切るたび、ドーム内に暴風が吹き荒れる。
イレギュラーもまた、この時点では相手がどんな個性を持っているかなど知る由もない。わかっているのは「こちらの攻撃を遥かに凌ぐ、異常なパワーと耐久を持った肉塊」ということだけだ。
だが、どれほど出力が高かろうと、運動の理を無視した動きには必ず「隙」という名の死角が生まれる。イレギュラーは決して正面から力で受け止めない。
皮膚を裂かれながら紙一重で身をかわし、相手の腕の側面に掌を添えてベクトルをずらす『受け流し』。
そして――命を奪わない絶妙な手加減を保ちつつ、最も効果的に敵の機能を奪う「武術の急所」へ手を伸ばした。
一撃――脳無の剥き出しの眼球へ、正確無比な二本指の目潰し(貫手)。
脳無の左眼球が潰れ、赤黒い液体が飛び散る。
「ガアッ!?」
二撃――視界を奪われ暴れる脳無の膝関節の側部へ、強化外骨格トルクを全開にした低軌道の側頭蹴り(関節蹴り)。
へし折れる不快な骨の破砕音。脳無の巨大な体がバランスを失い、コンクリートの床へ激しく崩れ落ちた。
動きを止める怪物。だが、イレギュラーは追撃の手を止め、即座に「半歩」後ろへ跳んで距離を取った。
バイザーの奥で目を細める。
膝関節をへし折り、目を潰した。通常であれば外傷性ショックで動けるはずがない。しかし、倒れ伏した肉塊から「痛みに悶絶する生物的な反応」が一切感じられないという、異様な違和感。
次の瞬間――死柄木が首をバリバリと掻きむしりながら、高らかに嘲笑の声を響かせた。
「ハハッ! 無駄だよ、無駄なんだよヒーロー!!」
死柄木の手が脳無を指さす。
「脳無はな、お前たちヒーローを殺すために作られた改造人間なんだよ! 目を潰そうが足を折ろうが意味なんてねぇんだ!」
死柄木の叫びと同時に、倒れていた脳無の破裂した眼球がまるで巻き戻しのように再生し、へし折れていた膝関節が不気味な音を立てて元通りに噛み合っていく。
「脳無にはな……『衝撃吸収』と『超再生』が組み込まれてるんだ! そしてオールマイトにも迫る超パワーまである!」
死柄木は血走った目を輝かせ、狂気混じりに言い放った。
「やれ、脳無! あの黒いゴミクズを叩き潰せ!!」
オアアアアアアア―――ッ!!!!
完全修復された怪物が、再び牙を剥いて立ち上がった。複数個性という常識外の歪み。
タイマーの表示――残り、3分。
イレギュラーは口元から溢れる血をグローブで雑に拭い、ハーフバイザーの奥の視線を一層冷たく研ぎ澄ませた。
衝撃を吸収し、傷を修復する肉塊。それでも、男の軸は微塵も揺らいでいなかった。