『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』   作:平素練磨

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第9話(結):無言の理、そして平和の象徴

残り、3分。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

完全に修復された脳無が、再び爆音とともに地を蹴った。超再生と衝撃吸収。常識を逸脱した複数個性の脅威。

 

イレギュラーの口から言葉が漏れ出ることはなかった。思考はただ脳内で氷のように冷たく加速していく。

 

死柄木が狂喜の声をあげる中、イレギュラーはただ無言で、静かに軸を落とした。

迫る無軌道な巨拳。それを紙一重の踏み込みでかわし、脳無の腕に接触する。

 

『虚』。

 

抑圧が発動するたび、脳無の動きのテンポが一瞬途切れる。そこへ、武術の理に基づく容赦のない破壊。関節を砕き、筋肉の付着部を挫き、眼球を潰す。

 

脳無は『超再生』によって傷を強引に塞ぐが、その度に体組織の修復エネルギーが目に見えて損耗していった。

再生の速度がコンマ数秒ずつ遅くなっていく。

 

言葉を発せず、呼吸音すら殺し、ただ機械のように脳無の「構造」を解体し続ける男。

 

---

 

中央広場を臨む高台。

群がる雑魚ヴィランをすべて叩きのめし終えた相澤消太、そしてA組の防衛陣は、広場の凄惨な死闘をただ見つめることしかできなかった。

 

「あ……あの先生……一人で……ずっと……」

 

緑谷出久が、こぶしを握り締めながら呟く。

 

朝と放課後の乱取りで、自分たちを子供扱いしたあの圧巻の武の理。

それが今、全身から血を流し、KISARAGI製強化外骨格を歪ませながら、化け物の前で一歩も引かずに振るわれている。

 

「くそっ……! なんで俺たちは見てるだけなんだよ……! 救援にいかねぇと……!」

 

切島が悔しさに拳を地面に叩きつける。だが、爆豪勝己も、轟焦凍も、動くことができなかった。

 

(入れねぇ……)

 

爆豪は歯を噛み締めながら、激しい屈辱に全身を震わせた。

あんな異常な空間に今飛び込めば、足を引っ張るだけだ。自分たちが朝夕に叩き込まれてきた「理」のさらに先――生のやり取りと死線の中で繰り広げられる、研ぎ澄まされすぎた領域。

 

「……動くな」

 

血を流しながら捕縛布を握る相澤が、苦渋に満ちた声で生徒たちを制した。

 

「あいつは……自分の役割を果たしている。お前たちが飛び込めば、あいつの軸を狂わせるだけだ……!」

 

手を出せない悔しさ、無力さ。

生徒たちの胸に、深く、深く、爪痕のような痛みが刻み込まれていた。

 

---

 

そして――。

 

ドカァンッ!!!

 

USJの重厚な扉が、跡形もなく吹き飛んだ。

 

「――もう大丈夫!! 私が来た!!」

 

圧倒的な圧力。気そのものが跳ね上がるような威圧感とともに立ち塞がったのは、「平和の象徴」、オールマイトだった。

 

「……遅くなってすまない、相澤くんに……イレギュラー君!」

 

オールマイトの視線が、血みどろになりながら脳無の体幹を崩し続けていたイレギュラーを捉えた。足元をふらつかせている脳無。

 

(……見事だ、イレギュラー君。君が時間を稼ぎ、怪物の体力を限界まで削ぎ落としてくれた……!)

 

シュンッ、と音が消えた。

 

次の瞬間、オールマイトの巨躯が脳無の目の前へ現れる。

 

「ガ――」

 

何度も再生を繰り返し、細胞のエネルギーを使い果たしかけていた脳無。

その無防備な胸元へ、オールマイトの拳が吸い込まれた。

 

「『デトロイト――スマッシュ』!!」

 

ドガァァァンッッ!!!

 

脳無の衝撃吸収と再生、過酷な消耗と『虚』の連続打撃によってすでに再生は限界を超え、衝撃吸収は『虚』によって停止したままだ。オールマイトの放ったたった数手の純粋な圧力が、脳無の巨躯を捉える。

 USJの強化ガラスの天井を突き破り、音速を超えて空の彼方へと殴り飛ばされていく脳無。

雲を穿つ圧倒的な一撃。

 

---

 

「は……? 脳無が……吹っ飛ばされた……?」

 

死柄木弔が、自分の手を茫然と見つめた。

 

「何なんだよ……何なんだよコレ!! オールマイトは無傷だし、あの黒いプロに脳無の体力を削られてた……! ……ゲームオーバーだ!!」

 

爪を血が出るまで噛みむしる死柄木。

 

「……死柄木様、撤退しましょう。私の転移も完全に回復しました。これ以上の深追いは破滅です」

 

黒霧の影が死柄木を包み込んでいく。

 

「……覚えてろよ、ヒーロー……! 次は……絶対に殺してやる……!」

 

怨嗟の言葉を残し、黒い靄とともにヴィラン連合は煙のように消え去った。

 

 

---

 

静まり返るUSJドーム。

 

イレギュラーはハーフバイザーのタイマーが「00:00」を示したのを確認すると、静かにフレームの出力を下げた。

口元から流れる血をグローブの背で無言で拭い、一度も勝利の鬨(ときのこえ)などをあげることもなく、ただ静かに佇む。

 

駆け寄ってくる生徒たち。

その瞳には、ヒーローへの憧れとは異なる、死線を生き抜いた「本物」に対する、深い畏怖と尊敬の色が宿っていた。

 

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