『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』   作:平素練磨

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第10話(幕間):暗雲の連鎖、あるいは影の出資者

薄暗いバーの店内。

紫煙のような黒霧の体組織から吐き出されるように、死柄木弔がカウンターの床へ崩れ落ちた。

 

「……くそ……ゲームオーバーだ……!!」

 

死柄木は両手の爪を激しく首筋へ立て立て、皮膚が裂けるのも構わず掻きむしる。

 

「雑魚どもはガキども相手に全滅、USJの扉は破られ、オールマイトは無傷……!! それにあの黒いプロだ! 脳無の関節を外して、目を潰して、体力を削りやがった……! なんだよあいつは……ヒーローの規格外(イレギュラー)だろ……ッ!」

 

カウンターに置かれた小さな通信モニターのスピーカーから、ノイズ混じりの低く穏やかな声が響いた。

 

『落ち着きなさい、弔』

 

オール・フォー・ワンの声だった。

 

『失敗は成功の糧だ。今回の件で、君は雄英の防衛体制、そして『平和の象徴』の健在ぶりを肌で知ることができた。……それに、イレギュラーという予期せぬ障害の存在もね』

 

「でも……! 最高傑作の脳無を取られたんだぞ!? オールマイトを殺すための脳無を……!!」

 

『脳無はまた作ればいい。大切なのは君自身の成長だ』

 

通信の奥で、静かな笑みの気配が漂う。

 

『弔。まずは次は君自身の手足となる、洗練された『精鋭』を集めなさい。数に頼る暴徒ではなく、明確な思想や卓越した技術を持つ者たちをね。そのための準備は、私とドクターが進めておくよ』

 

死柄木は荒い呼吸を整え、ゆっくりと血の滲む手を首から離した。

 

「……わかったよ、先生」

 

---

 

続いて、黒霧がゆっくりと進み出で、通信機に向かって頭を下げた。

 

「……ドクター。私からも脳無の戦闘データの詳細をご報告いたします」

 

『むう……聴かせてもらおうか』

 

通信機から、しわがれた老人――ドクターの声が割り込む。

 

「脳無は『衝撃吸収』と『超再生』を十全に機能させておりました。しかし、相手のプロヒーローは脳無の肉体構造……殊に関節部と感覚器官へ正確な破壊を重ね、同時に『個性の反応を一時的に沈黙させる波動』らしいものを接触面から流し込んでいた模様です」

 

『なに……? 個性の反応を沈黙させるだと……?』

 

ドクターの声に、急激な興味と警戒の色が混じる。

 

『生体組織の物理的破壊と同時に、個性情報の伝達系を直接抑制しているということか……? ほう、実に興味深い個性のサンプルだ。観察とデータ収集の価値は極めて高い……』

 

ドクターは興奮を露わにしたが、すぐに思い出したように忌々しげな溜息を漏らした。

 

『……だが、それにしても惜しい! 惜しすぎる!! あれは我が技術の結晶、オールマイト殺害用に調整した最高峰の特製脳無だったのだぞ! 異形化個性の定着と薬物投与のバランス、あの莫大なコストを思うと胃が痛むわ……!』

 

『諦めなさい、ドクター。失った実験体は戻らないよ』

 

オール・フォー・ワンがドクターの嘆きを短く制した。

 

その時――。

 

通信画面の端で新たな回線が接続され、ノイズとともに第三の音声が割り込んできた。合成音声によって極端に加工された、淡々としながらもどこか抜け目ない男の声。

 

『――お困りのようですな、先生方』

 

死柄木が不機嫌そうに通信機へ視線を向ける。

 

「……誰だ、あんた」

 

『新しい『協力者』であり、最大級のスポンサーだよ、弔』

 

オール・フォー・ワンの言葉に応じるように、第三者の声――スポンサーが静かに言葉を続けた。

 

『表の社会で自由に動けぬ先生方に代わり、非合法な金銭の調達、資材や機材の手配、並びに必要な『設備』の融通を引き受けている者です。……死柄木様、初めまして』

 

『ふむ……スポンサー殿。今の会話を聞いていたかね?』

 

ドクターが尋ねると、スポンサーは軽い笑いを含んだトーンで返答した。

 

『ええ。特製脳無の損失、誠に悔やまれます。ですが、計画の初期投資としては必要経費の範囲内でしょう。あのような最高スペックの生体兵器を組み上げるには、研究費も設備投資も桁が変わってきますからね』

 

スポンサーの通信の向こうで、書類をめくるような微かな音が響く。

 

『つきましては、次なる段階――死柄木様が『精鋭』を集め、新たな行動を起こすための資金として、追加の出資枠を確保いたしました。裏ルートでの特殊備品調達、および潜伏拠点の維持費として自由にお使いください』

 

「……追加の金?」

 

死柄木が目を細める。

 

『条件はありません。強いて言えば……ヒーロー社会の歪みをより大きく暴いていただきたい、それだけです。金銭や物資の心配は不要です。必要なものがあれば、黒霧経由でいつでも請求を』

 

『感謝するよ、スポンサー殿。君のような理解者がついていてくれることは、我々にとっても実に心強い』

 

オール・フォー・ワンの穏やかな声が響き、スポンサーは「では、よい成果を」と言い残して回線を切断した。

 

静まり返るアジト。

 

死柄木はカウンターのグラスを睨みつけ、低く呟いた。

 

「……精鋭、か」

 

歪んだ思考の奥で、次なる惨劇の構想が静かに動き始めていた。

 

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