『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
USJ襲撃事件の翌朝。
普段であれば眩しい陽光が差し込む雄英高校本館の大会議室は、重苦しい静寂とピンと張り詰めた緊張感に包まれていた。
防犯用の分厚い遮光ブラインドが下ろされた室内。大型モニターから吐き出される青白い光が、円卓を囲む教員たちの険しい表情を浮かび上がらせている。
円卓の上座には、根津校長。その両脇には、昨日の激闘の傷痕を生々しく残した相澤消太と13号が座していた。相澤は顔面から両腕に至るまで厳重に包帯が巻かれ、痛々しい姿ではあるものの、その眼光だけは鋭く卓上を見据えている。
さらに、本来の巨体から骨ばった痩身へと姿を変え、血を吐くように咳き込むオールマイト、帽子を深く被り直すスナイプ、腕を組んで眉間にシワを寄せるプレゼント・マイク。
そして――円卓の最も末席、影が落とす暗がりに、プロヒーロー・イレギュラーの姿があった。
彼は昨日の戦闘で削られ、歪んだKISARAGI製の強化外骨格を脱ぎ、バイザーの奥の視線を微動だにさせず、ただ無言で会議の進行を聞き流している。
根津校長が、手元のティーカップをソーサーへカチャンと静かな音を立てて置いた。
「さて……皆さん。昨日発生したUSJにおけるヴィラン連合の襲撃事件について、警察からの報告と学内データの照合が完了しました。……非常に惨椺たる状況ではありましたが、まずは現状の正確な把握から始めましょう。相澤先生、生徒たちの状況から頼みます」
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相澤は包帯越しに深く息を吐き出すと、痛む体に眉をひそめることもなく、淡々と資料をめくった。
「……1年A組、全20名。結論から申し上げますと、重傷者および死亡者はゼロです」
会議室内に出席していた教員たちから、密やかに、しかし確かな安息の溜息が漏れた。
「緑谷出久、爆豪勝己、轟焦凍をはじめとする数名が、ヴィランとの接触による打撲および擦過傷を負いましたが、いずれも軽症。リカバリーガールの治癒個性による即日手当を受け、当日中に全員が完全に回復しています。また、精神的なショック(トラウマ)に対するメンタルケアにつきましては、スクールカウンセラーおよび外部専門家を交えて必要であれば実施いたします」
相澤は一度言葉を切り、末席のイレギュラーへ一瞬だけ視線を向けた。
「当初の想定では、黒霧の『ワープゲート』により生徒たちが施設各所に分散・分断され、個別に撃破される危険性が極めて高かった。しかし、入口付近におけるイレギュラーの迅速な防衛指示と、生徒たち自らの冷静な連携により、全網羅的な分断を未然に回避することができた。……これが、致命的な不覚や犠牲者を一人も出さずに済んだ最大の要因です。登校に支障をきたす生徒もおらず、数日以内の学業再開に問題はありません」
プレゼントマイクが頭の後ろで手を組み、深く背もたれに体を預けた。
「……へっ、あいつら肝が据わってやがる。無事でよかったぜ、本当によ……」
続いて、痛々しい医療用包帯で覆われた13号が、痛みをこらえるような低く擦れた声でマイクに向かって話し始めた。
「続いて、USJ(ウソの災害や事故の部屋)の被害状況についてご報告いたします。主要な損壊個所は以下の3点です」
13号が手元のタブレットを操作すると、モニターにUSJ内部の立体ホログラムと、損壊個所の赤いマーキングが表示された。
「第一に、正面入口の大扉およびメインアプローチ。これはヴィラン側の強行突破および黒霧のワープ展開時の衝撃により完全に破壊されました。第二に、中央広場の石畳および地中埋設管。脳無とイレギュラーによる超高負荷の近接戦闘、および衝撃波の影響により、半径数十メートルにわたり基礎コンクリートが粉砕・陥没しております。第三に、ドーム天井部の一部ガラス材の破損です」
13号は一息つき、画面の数値を切り替えた。
「しかしながら、山岳エリア、水難エリア、火災エリアなどの各災害シミュレーション区画そのものの動力・環境維持システムは奇跡的に無傷でした。構造体自体の崩落リスクも極めて低く、二次災害の恐れはありません。 復旧のスケジュールについては、すでに手配を済ませております」
13号の言葉を引き継ぎ、根津校長が補足を加えた。
「雄英高校と特別提携を結んでいる大手土木・建築ヒーロー企業(工事系プロヒーロー所属事務所)に対し、昨夜の時点で緊急復旧工事の要請を出しました。明日早朝より、特殊個性を保持した作業員および重機が現場に入り、瓦礫の撤去と基礎部分の補強作業を開始しております」
校長は短い指で卓上の資料を指し示した。
「正面扉の再設置および中央広場の再舗装を含め、およそ2週間で元通りの安全基準を満たした状態での運用再開が可能となる見込みです。それまでの期間、1年A組およびB組のレスキュー訓練カリキュラムについては、本校敷地内の『Betaグラウンド』へ一時的に振替変更して対応いたします」
スナイプが腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……設備の修理は金と時間で解決できる。だが、雄英のセキュリティが突破されたという『事実』の復旧は、そう簡単にはいかねぇな……」
スナイプが自らのハットの庇(ひさし)をぐっと下げながら、鋭い声で切り出した。
「事件発生時、USJ内部からの外部通信、および自動警報システムが完全に無効化されていた件だ。警報装置の物理的な切断痕はなく、外部からのハッキング痕跡も検出されなかった。……結論から言えば、通信妨害(ジャミング)に特化した個性を保持するヴィランの直接侵入によるものだ」
モニターに、警察によって逮捕・身元確認が行われた男の顔写真と無彩色のデータが映し出される。
「犯人は、ヴィラン連合の雑魚として現地に送り込まれていた電波介入系の個性保持者。施設内の通信タワーおよび雄英専用のセキュリティ電波に対し、ピンポイントで同一周波数の超高出力ノイズを放射し続けていた。……これにより、施設内のセンサーは『正常作動中』の信号を誤信させられたまま、外部へのSOS発信のみが完全に遮断されていたわけだ」
プレゼントマイクがテーブルをダァンと叩いた。
「プロの施設用セキュリティの周波数を、ピンポイントで潰してきてただと……!? 内部構造や通信規格を知らなきゃできねぇ芸当だぞ!」
「ああ」と、スナイプは重々しく頷いた。
「……先日、マスコミの群がりを利用して雄英の『警報解除の門(セキュリティ)』が何者かによって壊された一件があっただろう。あの混乱に乗じ、雄英内部の通信仕様やUSJのスケジュールデータが盗み出されていた可能性が極めて高い。ヴィランどもは行き当たりばったりではなく、明確な準備と計画をもってこの襲撃を仕掛けてきていたんだ」
暗雲のような沈黙が、再び会議室を支配する。
綿密に仕組まれた奇襲。それを破綻させたのは、ただ一つ――ヴィラン側の計算を遥かに超越した「イレギュラー」という一人の男の存在だけであった。