『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
大会議室のモニターに表示されていた通信ジャミングの解析データが切り替わり、今度は警察のデータベースから転送されてきた無数の顔写真とIDナンバーが画面を埋め尽くした。
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スナイプが手元の資料を指で軽く叩きながら、呆れたような、しかし警戒を緩めない声で報告を再開する。
「……現場で拘束、および救急搬送後に身柄を確保されたヴィラン、総勢72名。現在、警察の手で順次取り調べが進められているが……一言で言えば『烏合の衆』だ」
画面に、捕らえられた男たちの粗暴なスナップショットが次々と映し出される。
「大半が、裏社会の地下掲示板やSNSの闇ルートで集められた無名のゴロツキや小悪党。社会に不満を持つドロップアウト組だ。『雄英に入り込んで暴れられる』『オールマイトを殺せる秘密兵器がある』という甘い言葉に乗せられ、前金払いで雇われただけの捨て駒に過ぎん。組織立った訓練も受けておらず、互いの本名すら知らん状況だった」
「……つまり、使い捨ての肉の壁か」
相澤が包帯の奥から冷ややかな声を漏らす。
「ああ。だが、だからこそタチが悪い」
スナイプがうなずく。
「個々の戦術理解度は低いが、数だけは揃えていた。本来なら、分断された生徒たちを数の暴力で圧迫し、ヒーロー陣営の戦力をすり減らす……それが首謀者の描いた絵図だったんだろうよ。そして……問題は、その捨て駒どもを率いていた主犯格の3名だ」
根津校長が手元のティーカップをそっと置き、モニターの画面を切り替えた。
そこに映し出されたのは、取り調べや現場の映像データから再現された三者の容貌と、割り出された個性スペックだった。
「まず、現場で指揮を執っていた男――とむら」
画面に、全身にいくつもの「手」を纏った異様で痩せぎすの男の画像が、そして触れられた事で一部崩壊した治療前の相澤の腕の表面が映し出される。
「個性は、五指で触れた対象を徐々に、あるいは急速に壊死・崩壊させる強力な破壊個性。精神的には極めて不ぞろいで未熟、ゲーム感覚で他人の命を弄ぶ無邪気な残虐性が見受けられます。しかし、その破壊力の凶悪さはプロヒーローにとっても一撃必殺の脅威と言えます」
続いて、黒い靄を纏った貴族的な立ち振る舞いのヴィランが映し出された。
「次に、避難経路を絶ち、空間を支配した『黒霧(くろきり)』。
個性は『ワープゲート』。自身の体から発する黒い靄を特定の座標に接続し、物体や人間を一瞬で転送させる、極めて稀少かつ危険な空間移動能力者です。物理攻撃の多くを靄の中に受け流すため打撃が通りにくいですが、首元に存在する金属プレート付近に実体(本体)が隠されていることが、今回の戦闘で判明しました」
そして最後に――モニター全体を占拠するように、あの異形の巨人の姿が映し出された。
むき出しの脳子、鳥のような嘴、そして圧倒的な質感を誇る黒い肉体。
「……そして、最大の異形。『脳無(のうむ)』」
根津校長の表情から温厚さが消え、学者としての鋭い眼光が宿る。
「警察の初動鑑定および現場の生体データ解析によれば、あの個体は単一の人間ではありません。複数人のDNAが混ざり合い、個性の重複と薬物改変によって人工的に作り出された『改造人間』です」
会議室に、重苦しいざわめきが広がった。
「保持していた個性は、あの巨躯からくり出される『超筋力』に加え、オールマイト級の打撃すら無効化する『衝撃吸収』、そして欠損した肉体を数秒で復元する『超再生』。……本来、一人の人間が複数の個性を持てば精神が崩壊します。あの個体が意志を持たず、ただ命令に従うだけの肉の傀儡と化していたのは、その反動でしょう。……まさに、オールマイトを絶対確実に『殺す』ためだけに仕立て上げられた死体兵器です」
敵の脅威、その異常なスペックが次々と明かされていく間。円卓の末席に座るイレギュラーは、微動だにしなかった。
彼は腕を組み、バイザーの奥の視線を低く落としたまま、教員たちの議論に一切割り込もうとしない。自慢げに自らの戦果を誇ることもなければ、敵の恐ろしさに戦慄する様子もない。
座る席の背後に置かれた彼のKISARAGI製強化外骨格。
昨日の脳無との壮絶な打ち合いによって装甲表面は著しく削れ、衝撃で歪んだ金属独特の色が不気味に残っている。
その壊れたフレームと同様に、彼自身もまた、この熱を帯びた会議室の中で冷たく乾いた「兵器」のように静まり返っていた。
「……イレギュラー君」
根津校長が、静かに彼へ視線を向けた。
「現場で誰よりも長くあの『脳無』と至近距離で対峙し、その肉体を削り、構造を解体し続けた君の見解を聞かせてくれないかい?」
教員全員の視線が、一斉に末席の男へと集中する。
問いかけを受け、イレギュラーはゆっくりと頭(こうべ)を上げた。
感情の起伏を一切感じさせない、硬質で平坦な声が会議室の空気を氷のように冴え返らせる。
「……個性の重複以前に、骨格と筋組織が生物として破綻している」
彼は短く切り出すと、視線をモニターの脳無のデータへと向けた。
「どれほど異能を重複させようと、肉体そのものが歪みである以上、運動のベクトルに必ず致命的な『破綻』と『隙』が生まれる。関節の可動域、重心の移動速度、筋肉の収縮速度……それらすべてが、物理の理(ことわり)から脱却できていない」
「……物理の理、か」
相澤が呟く。
「そうだ」と、イレギュラーは言葉を継ぐ。
「あの肉体は、薬物などで強化されたのちに個性の力で出力を強引に底上げしているに過ぎない。動きの起点を叩き、骨格の連結部をズレさせれば、機能は容易に停止する。……ただし」
彼は卓上の削れた強化外骨格に一瞬だけ目をやった。
「あの『超再生』と『衝撃吸収』の組み合わせは、純粋な打撃のみで無力化するにはエネルギーのコストがかかりすぎる。……次は打撃ではなく、関節を不可逆的に破壊する刃物、あるいは構造そのものを切り離す『切断装備』が必要だ」
言葉の端々に漂うのは、正義感でも恐怖でもない。
ただひたすらに敵を無力化し、解体するための「効率と機能のロジック」。
オールマイトは彼の言葉に深く頷きながらも、その底知れぬ凄絶さと徹底した冷徹さに違和感を覚えていた。
「……ふむ。実に合理的で、貴重な分析だね。ありがとう」
根津校長は深くうなずくと、卓上の傷ついたフレームを指さした。
「君がその身を呈して脳無の足止めを引き受けてくれなければ、昨日の事件は間違いなく生徒や教員に死者が出る大惨事になっていた。雄英校長として、改めて感謝するよ」
校長は手元の書類にサッとサインを走らせた。
「君の削り取られた強化外骨格の修理費用、および今回のデータを元にした『対・大型異形体用』のカスタム増強手当は、すべて雄英の予備費から全額支給させてもらうよ。KISARAGI社へ回す請求書は、そのままこちらへ回していいからね」
「……了解した。業務の範囲内だ」
イレギュラーは淡々と答えると、椅子を静かに引き、破損したフレームを手際よく持ち上げた。
会議がまだ続いているにもかかわらず、自分の報告と用件が終わったことを察すると、彼は一切の余計な挨拶や世間話を残すことなく、一歩一歩確かな足取りで会議室のドアへと向かった。
ガチャリ、と重厚なドアが開き、彼の背影が廊下の光の中に消えていく。
ドアが静かに閉まり、カチリと錠が下りる音が響いた。
残された会議室。
数秒の間、誰も言葉を発することができなかった。
静まり返った室内で、プレゼント・マイクドが大きく息を吐き出し、頭をガシガシと掻いた。
「……ッハーーー……相変わらず、愛想のねぇプロだぜ。……だが、恐ろしいな、マジでよ」
「ああ……」
スナイプが帽子を深くかぶり直し、感嘆と警戒の混ざった息を漏らした。
「あの『脳無』って化物……オールマイトを殺すために作られた規格外の兵器だろ。それに『個性を封じ、武術の理と削り』だけで正面から6分間も立ち塞がり続けただと? 正気の沙汰じゃねぇ。普通のプロなら、最初の衝突で圧死してるぞ」
「……彼の強さは、ただのパワーの出力ではありません」
相澤消太が、包帯に覆われた顔の隙間から、鋭い眼光を光らせて言った。
「人間の身体構造、運動のベクトル、そして一切の無駄の排除。彼が保持しているのは、理不尽な個性に迫る『武術という名の絶対的な理』です。個性に依存しきった現代のヒーローやヴィランにとって、彼は理解不能な天敵以外の何物でもない」
オールマイトが、自身の細い両拳を静かに見つめながら、重々しい声で呟いた。
「……生徒たちにとってもそうだね、相澤くん。彼らは『強さ』とは何かを、あの背中から学び始めている」
「……ええ」
相澤は包帯の奥で、薄く口元をゆるめた。
「朝と放課後の乱取り稽古……志願した6人の目つきが、事件を経て完全に変わりました。……彼らはもう、二度と自らの『個性』の力だけに溺れることはないでしょう」
圧倒的な個性の力に対し、個性を封じ、肉体の理と覚悟だけで死線を越えた男。
「イレギュラー」という一人の異物の存在が残した爪痕は、雄英高校の教員陣の心にも、深く、消えぬ足跡として刻み込まれることとなった。