『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
熱気と喧噪が、雄英スタジアム全体を狂わんばかりに揺らしていた。
超満員の観客席、飛び交う歓声、そしてあちこちに配置された巨大モニター。その狂乱の熱気が外部へと漏れ出す敷地外周では、プロヒーローたちが警備巡回を行っていた。
「すご~い人出ねぇ! 敷地外まで熱気がビンビン伝わってくるわ!」
巨大化の個性を誇るMt.レディが外周を歩きながら観客の波を見渡す。
「浮かれてる場合か。俺たちは外回りの警備だぞ。ヴィランの嫌がらせや混乱に備えろ」
並んで歩くデステゴロが厳めしい顔で釘を刺し、その少し先ではシンリンカムイが鋭い視線を周囲の物陰や街路へと走らせていた。
「……だが、USJの一件があった直後だ。生徒たちの緊張感も例年とはまるで違うだろうな」
シンリンカムイの呟き通り――スタジアム内部、選手控室の重い扉の向こうでは、外部の喧噪とは完全に断絶された、重苦しく硬質な静寂が広がっていた。
「……緑谷」
出久がジャージの袖を捲り直し、緊張で呼吸を整えようとしていたその時、轟焦凍が静かに歩み寄ってきた。
「客観的に見ても、俺はお前より強いと思う」
「……っ」
「だが……お前には、オールマイトの影と、あの男(イレギュラー)の影が一番濃く落ちているように見える。……負けねえぞ」
焦凍の言葉には、全能感や冷徹な傲慢さはない。朝の鍛錬で左脚の軸の崩れを容赦なく叩かれ、己の身体の歪みと向き合わされた者特有の、鋭い執着が宿っていた。
「……うん。僕も……全力でいくよ」
出久は汗ばむ拳を握り締める。
頭で考えるなと言われながらも、思考のラグを消し、無駄な踏み込みを1ミリでも削ぎ落とそうと、必死に体の軸を意識し続けていた。
「チッ……仲間ごっこやってんじゃねえぞ、半減野郎」
離れた場所で、爆豪勝己が壁に背を預けたまま低く吐き捨てる。
その掌は小さく微振動していた。爆破の威力を誇示したい欲求と、朝夕の乱取りで「威殺という無駄なタメ」を潰され続けた苛立ち。己の体がまだ完璧に「削ぎ落とされていない」もどかしさが、爆豪の全身から刺々しい威圧感となって漏れ出している。
そして――入場行進が始まった。
グランドを埋め尽くす観客の怒号のような歓声。主審を務めるミッドナイトの進行に導かれ、1年A組の生徒たちが先頭を切って入場する。
「選手宣誓! 1-A、爆豪勝己!」
成績トップとして教壇へ呼び出された爆豪。
全校生徒、そして全国の視聴者の視線が自分一点に集まる中、爆豪はゆっくりとマイクへ歩み寄った。
「……俺が、一番になる」
静まり返るスタジアム。
即座にB組や普通科、他科の生徒たちから猛烈なブーイングが巻き起こる。
「ふざけんな!」「相変わらずのクソA組が!」「引きずり下ろしてやる!」
ブーイングの嵐の中、物間寧人がネチネチと嫌味な笑みを浮かべ、普通科の心操人使は冷ややかな眼光で爆豪の背中を睨みつけていた。
だが、爆豪の表情に揺らぎはない。煽りでも、単なる誇大妄想でもない。朝夕泥を舐め、己の欠陥を削ぎ落とそうとする苦痛に耐え続けてきた男が放つ、退路を断つための「呪縛」のような言葉だった。
「――第1種目、予選! 障・害・物・競・走!!」
ミッドナイトの合図とともに、巨大なスタートゲートのランプが点灯する。
「位置につけ……スタート!!」
狭隘な通路に、全科数百人の生徒が一斉に雪崩れ込んだ。
「お決まりの狭窄通路か」
通路の出口付近、一瞬で周囲の足を凍りつかせて先頭へ抜け出したのは轟焦凍だった。
だが、その滑走の足運び――かつてなら右足だけに過剰な重みがかかっていた滑走が、わずかに、しかし確実に変化していた。
(左を拒絶するな……軸を中央に通せ……!)
焦凍は無意識に左半身の強張り(無駄な力み)を削ぎ落とそうと意識しながら、先頭を突っ走る。その直後、氷を爆破で粉砕しながら爆豪が猛追してきた。
「跳ねろや『無駄』が!!」
爆豪は空中で余計な姿勢のブレを強引に削り、最小限の爆風ベクトルで直進する。
その後ろでは、切島が、飯田が、八百万が、そして出久が、己の体の「力み」と戦いながら、第一の障害――巨大な「仮想ヴィラン(0点ギミック)」の群れへと突入していった。
彼らはまだ完成された達人ではない。
しかし、華やかなアピールに固執する周囲の生徒たちとは一線を画す、「無駄を削ぎ落とそうともがく歪な牙」が、体育祭のグランドを鋭く切り裂き始めていた。