『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「仮想ヴィラン――、受験生にとっては馴染み深い0点ギミック!!」
実況席からプレゼント・マイクの大声調が響き渡る中、コースを塞ぐように立ち塞がった巨大なメカの群れ。
かつての焦凍であれば、ただ圧倒的な氷結で巨体を凍りつかせ、見せつけるように駆け抜けていただろう。だが、今の焦凍の脳裏をよぎるのは、朝の演習場で左膝裏を突かれ、あっけなく地面に突っ伏した瞬間の冷たい感触だった。
(氷を出す……だが、右に体重を乗せすぎるな。左半身を『無駄な重り』にするな……!)
焦凍は踏み出す左脚の力みを必死に意識から削ぎ落とし、最短の軌道で冷気を放つ。巨大メカの足元が凍りつき、無駄な放出を抑えた冷却は瞬時に巨躯がバランスを崩すだけ凍結させ倒れ込む。完璧な足運びには程遠く、まだ軸がブレて踏み込みが甘い。だが、己の欠陥を自覚しながら無理やり体をねじ込む滑走は、どこか恐ろしいほどの殺気を孕んでいた。
「ハッ、氷野郎が!!」
倒れ込む0点ギミックの頭上を、空中から爆破で突破したのは爆豪勝己だ。
叫びながらも、その空中姿勢には明らかな試行錯誤があった。
爆破の推進力を得る際、以前なら無意識でも「威殺のタメ」が入っていた。だが、イレギュラーに『威嚇という余分なタメが入っている』と看破された記憶が、爆豪の腕を力ませる。
(タメを削れ……! 最短で発汗させろ……!!)
意識しすぎるあまり、一度爆風のタイミングがズレて体勢が宙でわずかに流れる。「チッ!」と激しく舌を打ちながら、爆豪は強引に反対の掌で爆風を叩きつけ、軌道を描き直した。まだ体に馴染んでいない。無駄を削ごうとしては力み、失敗しては修正する――完璧な達人などではなく、己の悪癖と必死に格闘する青い焦燥がそこにあった。
「うおおおっ!! 踏み込みのタメを……消す!!」
切島鋭児郎は『硬化』を全身に纏いながら、足裏の踏み込み速度を上げるために歯を食いしばる。個性の頑強さに甘えて力任せに突っ込む癖を、朝の乱取りで散々いなされ、支点を奪われて転がされた。だからこそ、今はただ前に進むためだけに「余計な気合いの力み」を削ぎ落とそうと必死だった。
そして、第二の障害「ザ・フォール(地獄の綱渡り)」を経て、最終障害「地雷原」へと到達する。
コース一面に埋め尽くされたピンク色の地雷。
「ここで……考えるな!!」
緑谷出久は、汗みずくになりながら地雷原の縁で踏みとどまっていた。
頭の中でコースの最短ルートを計算しようとした瞬間、朝の乱取りで鎖骨を押さえ込まれた感覚が蘇る。
『頭で動くな。思考という遅延(ラグ)を挟むな』
(僕はまた……頭で計算して、動作を遅らせようとしている……!)
出久は背負ったランドセル(障害物用の鉄板)を抱え直した。計算ではない。理屈の足し算ではない。今、目の前にある大量の地雷と、自分の足元にあるエネルギー。
出久は地雷をかき集め、鉄板をその上に覆いかぶせた。
「思考を……削げ!!」
ドォン!!!
猛烈な爆風とともに、出久の体が空中へ高く打ち上げられる。
計算し尽くしたスマートな突破などではない。思考の遅延を強引に叩き割り、己を弾き飛ばす荒削りな跳躍。
空中で姿勢を崩しかけながらも、出久は必死に腕の力を抜き、体幹の軸だけを一直線に保とうと歯を食いしばる。追い付く事が出来た焦凍と爆豪の頭上を猛烈な勢いで掠めていく。
「緑谷あああ!!」
「俺の前に立つんじゃねぇぇ!!」
先頭を争う3人の姿には、華やかなヒーローアピールなど微塵もなかった。
己の体の歪みに苛立ち、思考のラグに苦しみ、無駄な力みに爪を立てながら、泥と爆煙に塗れて先頭へ突っ込んでいく。
観客席で見守るプロヒーローたちが、その異様な迫力に息を呑む。
「……なんなんだ、あいつら」
「個性の凄みだけじゃない……自分の体の扱い方に、妙な『必死さ』があるぞ……」
スタジアムの熱狂を余所に、A組の生徒たちはまだ歪で、粗削りで、不完全なまま――しかし確実に「不純物を削ぎ落とす鍛錬の途中」として、ゴールラインへ、そして騎馬戦と雪崩れ込んでいった。