『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』   作:平素練磨

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第2話:『歪みの収穫』

 

夜風が、ヘルメットの隙間を吹き抜けていく。

大型バイクの重厚なシリンダー音が、深夜の国道に低い重低音を刻んでいた。

 

インカムから聞こえる、澄んだ、しかしどこか底の知れない声。通信を入れてきたのは雄英高校校長――根津だった。

 

『――夜分にすまないね、イレギュラーくん。なに、ちょっと昔馴染みの顔を思い出してね。元気にやっているかい?』

 

イレギュラーはアクセルを一定の開度で保ったまま、バイザーの奥で何も言わず、ただ耳を傾けていた。返答など期待されていないことは、相手も承知の上だ。

 

『君が学生だった頃も随分と手を焼かされたものだけれど……今夜もどこかで静かに「仕事」をしているのだろうね。公安の古い知人から、表に出ない不穏な動きを耳にしてね。ふと君の顔が浮かんだのさ』

 

根津の声には、責めるような色も、かといって過剰な親愛もない。

かつて校門をくぐった「手に余る教え子」への世間話を装いながら、裏で互いの動向を探り合い、縁を切らさずに繋ぎ止めておくための絶妙な距離感。

 

『君の生き方を正そうなどとは思わないよ。私には私の、君には君の領域がある。……体には気をつけておくれよ。また連絡する』

 

プチッ、と通信が切れた。

深入りもせず、かといって見放しもせず。ただ互いの境界線を確かめ合うだけの短い対話。

イレギュラーは微動だにせず、バイザーの裏で視線を道路へ向けたまま、短く息を吐き捨てた。

 

バイクの速度が一段上がる。

根津からの通信が切れた直後、ヘルメット内のサブモニターに暗号化された公安からの本番の業務データが転送されてきた。

 

『案件:郊外廃工場。危険組織の潜伏拠点。……完全なる無音処理を求む』

 

――業務開始。

 

バイクは闇の中へ滑り込み、街灯の届かない郊外の廃工場へと吸い込まれていった。

 

工場内部は、異質な気配と錯乱した男たちの荒い息遣いに満ちていた。

イレギュラーはバイクを離れた位置に隠すと、背部エンジンの過剰な駆動音を殺し、影と同化するように施設内へ侵入する。

 

「誰だ――ッ!?」

 

個性を発動させ、興奮状態で襲いかかってくる男。

イレギュラーは武の理に従い、最短の動線でその懐へ潜り込んだ。オープンフィンガーのグローブ越しに相手の胸元へ接触。

 

――『虚』。

 

瞬時に個性の出力が霧散し、男の体躯が無力な肉体へと減衰する。ゼロコンマ数秒の「残響の沈黙」。

感覚のズレに混乱する男の足元を、イレギュラーは腕を掴み容易く体制を崩しが容赦なくすくい上げる。

 

ドサリ、と地響きが立ち、追撃の一撃が急所を捉える。叫すら上げさせない。

二人目、三人目。

影が跳ねるたび、闇の中で無音の制圧音だけが途切れ途切れに響き、男たちが文字通り「沈黙」していった。

 

最奥の部屋。

そこには、薬物で理性を失い暴走したリーダー格の男が待ち構えていた。

 

「ぶっ殺して――」

 

男が踏み出すより早く、イレギュラーは無息の静寂(間)をもって距離を詰めていた。

言葉を交わす余地などない。

振り下ろされる攻撃を、最小限の体さばきでかわし、その腕の根元に手を滑らせる。

 

『虚』の発動。

膨れ上がっていた過剰な圧力が一気に霧散し、男の体勢が大きく崩れる。

 

「が……ッ、な、んだ……!?」

 

イレギュラーは掴んだ腕の支点を使い、武の理に従って相手の巨大な重心を完全に崩すと、そのまま床へと倒し込んだ。

畳み掛けるように、ブーツの踵で膝の関節部を正確に捉え、物理的に戦闘能力を奪い去る。

 

男は白目を剥いて倒れ伏した。

二度と立ち上がれない危険人物たち。

イレギュラーは倒れた男たちを一瞥もせず、ヘルメットの無線を起動した。

 

「――清掃完了」

 

それだけを伝えると、彼は来た時と同じように無音の歩みで闇へと消えていった。

 

 

翌朝。

雄英高校・校長室。

 

早朝の静かな室内で、根津校長は温かい紅茶のカップを手に、窓の外を見つめていた。

デスクの上には、警察や公安のパイプを通じてそれとなく回ってきた「郊外の拠点が一夜で沈黙した」という極秘の報告書。

 

根津はカップを静かにソーサーへと戻す。

 

「……相変わらず、不器用で容赦のない男だね」

 

教え子の選んだ険しい生き様に静かに想いを馳せつつも、自らの教育者としての立ち位置を崩すことなく、校長はいつもの笑みを浮かべて新しい一日を始めた。

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