『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
スタジアムのVIP観覧席、特別観覧室の暗がりの中で、オールマイトは拳を強く握り締めていた。トゥルーフォームの躯を小さく丸め、血の吐くような咳をこらえるようにして、巨大なモニターを凝視している。
(緑谷少年……君の動きは、私が教えた『ワン・フォー・オール』の使い方とは明らかに違う……。力を全身に巡らせるだけでなく、膝の抜き、肘の角度、身体の余計な力みを……削ぎ落とそうとしている……?)
かつて「力」の象徴として世界を照らしてきたオールマイトの目にも、出久たちの変化は異様に映っていた。自身が感覚と圧倒的な筋肉で力を行使してきた「足し算の英雄」であるからこそ、彼らが今行っている「引き算の試行錯誤」が、自分の提示した指導法とは真逆のベクトルであることを理解していた。
(……相澤くんの指導だけではない。あの……『イレギュラー』君が、彼らの肉体に何を刻み込んだんだ……)
その頃、古びたビルの一室で、テレビ画面を睨みつけている老ヒーローがいた。グラントリノだ。
置かれた湯呑みから湯気が上る中、グラントリノは画面の中で足がもつれ、不格好に踏みとどまる出久と焦凍の動きに目を細めていた。
「……フン。不器用なガキどもだ」
グラントリノは短く鼻で笑いながらも、その鋭い眼光はモニターを射抜いていた。
「俊敏に動こうとして力み、タメを消そうとして軸がブレる。……だが、俊典(オールマイト)が教える大雑把な『力の使い方』とはまるで違うな。力任せの破壊じゃなく、己の骨格と理に身を委ねようともがいている。……どこぞの偏執的な武芸者にでも揉まれたような動きじゃねえか」
グラントリノは煎餅を一つ口に放り込むと、低く呟いた。
「俊典の『足し算』に甘えさせなくて正解だったかもしれんな……。無駄だらけの肉体をそのままデカくしたところで、自滅するのがオチだ。自分の欠陥に悶絶しながら泥を食う……今のガキには、そのほうがよほど薬になる」
一方、福岡のヒーロー事務所。
煌々とした照明の室内で、ソファに深々と背をもたれかけさせたホークスが、壁掛けの大型TVを見上げていた。背中の羽が、画面の微細な映像の変化に反応して微かに揺れる。
「うわぁ……なにあれ。1-Aの君たち、すっごく居心地悪そうに戦うじゃん」
ホークスは羽を一枚弄びながら、呑気な声で呟いた。だが、その瞳に浮かんでいるのは、プロ特有の鋭い観察眼だった。
「普通、個性が強ければ強いほど『力技』で押し切りたくなるのにさ。あの子たち、自分の体の力みや思考の遅延にいちいち引っかかって、自分で自分にブレーキかけてるみたい。……スカウトする側からすれば『見せ方が下手な新人』に見えるんだろうけど……」
ホークスは羽を指先でくるりと回転させ、フッと笑みを漏らした。
「……怖いねぇ。あの『余計な力み』っていうブレーキが完全に外れて、能力が摩擦ゼロで飛んでくるようになったら……一体どうなっちゃうんだろうね?」
世間の大半のプロヒーローが「地味で下手な試合」と見下す裏側で、真に「身体と感覚」を研ぎ澄ませてきた一握りの者たちだけが、1-Aの生徒たちが足掻く『歪な基盤工事』の異常性を、それぞれの場所で静かに感じ取っていた。
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