『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「——雄英体育祭1年生の部、最終決勝戦!!」
実況席のプレゼント・マイクの叫びが、満員のスタジアムを震わせる。
だが、白線で囲まれたリングの中央に立つ二人の間には、観客の熱狂とは完全にかけ離れた、殺伐とした冷気が漂っていた。
爆豪勝己と、轟焦凍。
爆豪のダラリと下げた両腕は、わずかに震えている。
朝夕の乱取りで『力みとタメが入っている』と指摘され、泥を舐めさせられ続けた記憶。准決勝まで勝ち上がってきたものの、技を出す瞬間に生じるミリ単位の肘の引き、無意識の「構え」という無駄なタメ。それがどうしても削りきれない己の身体への激しい苛立ちが、爆豪の全身から刺々しい威圧感となって漏れ出していた。
一方の焦凍も、引き締まった表情の裏で激しい葛藤と戦っていた。
左半身の冷えを抑えるため、そして准決勝で出久に突き動かされたことで、左の炎を使う決意自体は固まっている。だが——いざ炎を宿そうとすると、脳裏にちらつくのは幼い頃に焼き尽くされた兄・燈矢の影と、死の恐怖だった。
(炎を使う……だが、呑まれるな……! 恐怖で左の股関節を固めるな……!)
意識すればするほど、恐怖という感情のノイズが焦凍の体幹を固くさせる。左半身を不格好にかばうような、歪な構え。
「始め!!」
主審ミッドナイトの合図が響いた。
「半分野郎がぁぁア!!」
爆豪が先頭を切って地を蹴る。
(タメを消せ……腕を無駄に振るな……発汗の瞬間と推進力を一直線に繋げ!!)
心の中で叫びながら叩き出そうとするが、土を踏み切る瞬間、わずかに右肩が上着を擦るような「起こり」が生じた。
(チッ……また引いた!!)
己の無駄に舌を打ちながら、爆豪は強引に爆風を叩きつける。最小限に抑えようとして不完全になった推進力はベクトルがわずかに散り、焦凍の正面へとややブレて突っ込んだ。
「——っ!」
焦凍はその軌道のブレを見逃さず、右の氷結で迎撃しようとする。
同時に、体温低下を防ぐため、左半身から炎を吹き出させようとした。
(軸を……通せ……!)
だが、左胸の奥から湧き上がるのは、皮膚を焼くような不吉な熱の恐怖。
「焼き尽くされる」というトラウマが左の膝裏を強張らせ、踏み込みの軸がわずかに右へと崩れた。
左の炎は吹き上がったものの、体軸が死んでいる状態での放出は、ただの「暴走した熱の塊」に過ぎなかった。氷と炎の出力が噛み合わず、焦凍自身の足元をアンバランスに崩す。
「ふざけんなよ……!」
目の前で軸を崩し、不完全な炎を撒き散らす焦凍の姿に、爆豪の瞳が血走る。
爆豪は空中で体幹を強引に捻った。炎から逃れ、すべりこむように伸ばされた右掌底が焦凍へと到達。強烈な爆破が放たれるも、氷の壁が間に割り込み力のほとんどを壁を砕かれるために使われ届かなかった。
「そんな歪んだ構えで……そんなヘッピリ腰で、俺と並ぼうとしてんじゃねえぞ!!」
膝を曲げ、右手で放った爆破の反動を殺さず、衝撃を腰へと回し左腕を最速・最短でねじ込み、氷の壁を打ち砕かれ無防備な焦凍の体へと叩き込まれた。
「…ガッ……!」
うめき声を上げながら焦凍は試合エリア外近くまで吹き飛ばされるも背後に氷の壁を生み出し止まる事に成功した。
爆豪は追撃できなくはなかったのだが、たった一手、全ての無駄を省き自身でも驚くほど最高の一撃を叩き込めたことに動きを止めていた。
出来た事に凶悪な笑みを浮かべ、そして力を上手く使えぬ焦凍へと大きな怒りが増していく。
「半分野郎。 てめぇやる気あんのか! 全力出せねぇなら、俺の前にたつんじゃねぇ!!」
爆破で跳躍するも、再び溜めと乱れが戻っている事にさらにイラつき、タメを削りきれないのなら、その不完全さを圧倒的な『殺意』で埋めるかのように、空中で回転を加えた極大の爆風——「ハウザーインパクト」の体勢へと入る。
(まだ削ぎ落とせてねぇ……! こんな大振り、無駄の固まりだ……!!)
自覚しながらも、それ以外に焦凍の不格好な炎を打ち破る術がないことへの屈辱。
「死ねぇぇぇええ!!」
「ぐっ……!!」
焦凍は崩れた軸を戻そうと左脚を踏ん張ろうとしたが、燈矢の影というトラウマが足を凍りつかせたように動かない。右の氷結も、左の不格好な熱量も、一本の骨組みとして繋がることなく破綻した。
ドカァァァァァン……!!!
爆風と熱線、そして砕けた氷の刃がスタジアム全体を巻き込み、強烈な爆煙がリングを覆い尽くした。
……静寂。
風が吹き抜け、煙が晴れていく。
リングの端、外へと弾き飛ばされ、白線の上で力尽きて倒れているのは焦凍だった。左半身からは燻る煙が上がり、その表情には己のトラウマに敗北し、最後まで体を乗りこなせなかった悔悪が滲んでいた。
そして、リングの中央。
爆豪が荒い息を吐きながら立っていた。
だが、その手に掲げられた勝利の誇りなど存在しない。爆豪は膝を折りそうなほど肩を揺らし、泥に塗れた己の右掌を見つめていた。
(偶然以外、削れなかった……。タメも、力みも……何一つ消し去れてねぇ……!)
焦凍が不完全な軸で勝手に崩れたからこそ拾えた、不完全な勝利。
「……こんなんで……1位取って、何になるんだよクソがぁぁぁあ!!!」
爆豪の咆哮が、スタジアムの空しく響く歓声を切り裂いた。
誰もが「圧倒的な1年A組の力」を称賛する中で、頂点に立った爆豪も、敗れた焦凍も、そして控え室で見つめていたA組の生徒たちも——全員が己の肉体に残る「泥臭い未熟さ」と「削りきれぬ歪み」に絶望し、歯を食いしばっていた。