『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
体育祭の興奮が冷めやらぬ雄英高校1年A組の生徒達。
表彰式という形式的な儀式を終えた生徒たちを次の登校日に待っていたのは、現実的な「評価」の数値だった。
「指名件数の集計結果だ」
相澤消太が黒板に投影したホログラム画面。
例年であれば、1位から上位入賞者へと分かりやすく桁違いの数字が並ぶはずだった。しかし、そこに表示されたデータは歪だった。
1st: 轟焦凍 — 3,840件
2nd: 爆豪勝己 — 3,200件
3rd: 八百万百 — 850件
4th: 常闇踏陰 — 620件
5th: 切島鋭児郎 — 410件
……
緑谷出久 — 0件
「……指名数の偏りが凄まじいな」
相澤の淡々とした声が教室内を刺す。
「例年なら優勝した爆豪が圧倒的な1位を獲得するが、今年は焦凍の方が上だ。世間のプロどもは『個性自体の規格外のスペック』と『扱いやすそうな見栄え』で指名を入れている。……爆豪、お前の勝ち方はプロから見れば『大振りで粗く、情緒不安定で使いづらい』と映ったわけだ」
「……チッ」
爆豪は机に肘をつき、拳を固く握りしめたまま舌を打った。
指名数の差などどうでもいい。ただ、己の体の中に残った「腕振りのタメ」という無駄をプロに見抜かれず、単なる「気性の荒さ」として片付けられたことへの屈屈たる屈辱。
「そして緑谷」
指名「0件」の文字に肩を落とす出久へ、相澤の冷ややかな視線が向けられる。
「お前は準決勝で自爆まがいの相打ちを打った。力を制御しきれず、動きの遅延を強引に相殺しようとして身体を壊す生徒を、指名したい奇特な事務所はそうそうない。……当然の結果だ」
出久はぎゅっと拳を握り締めた。
(指名がないのは悔しい……。でも、相澤先生の言う通りだ。僕は思考のラグを消そうとして、また力任せに体を壊した。プロから見たら『自滅する欠陥品』でしかない……)
「だが」
相澤は画面を切り替えた。
「指名がない生徒も、学校側が用意した40のヒーロー事務所から1つを選び、1週間の職場体験へ行ってもらう。……ここからが本当の『基盤固め』だ」
教室に独特の緊張感が走る。
そこへ、教壇の脇のドアが静かに開いた。
「――では、次はコードネーム(ヒーロー名)の決定だ」
入ってきたのは、ミッドナイト。
ホワイトボードとマジックが配られ、生徒たちは自分自身を表す「名」を思案し始める。
「名」とは、自分を世間にアピールするための看板(装飾)だ。
だが、この数日間の泥臭い鍛錬で自分の肉体の「無駄」と「未熟さ」を突きつけられたA組の生徒たちにとって、その名はもはや華やかな飾りではなかった。
『己が何を引き算し、何の理を背負って立つか』という、覚悟の証明。
「……じゃあ、僕から」
一番に壇上へ上がったのは切島鋭児郎だった。
提示されたフリップには、力強い文字。
「剛健ヒーロー『烈怒頼雄斗(レッドライオット)』!!」
「おお、尊敬するクリムゾンライオットからね! 格好いいじゃない!」
褒めるミッドナイトに対し、切島は硬い表情のまま言った。
「俺は……硬さに頼って大振りする悪癖がある。だから、ただの硬さじゃなく、無駄のない『頑強な軸』になるために、この名前で自分を縛ります」
続いて登壇した焦凍。
白地に一文字だけ書かれたフリップを提示する。
「……『ショート』」
「本名でいいの!? 焦凍くん!」
「……ああ。まだ俺の体には、左の炎(トラウマ)への恐怖と、右へ偏る歪みが残っている。ヒーロー名で自分を飾る余裕なんてない。俺自身の肉体を、一本の骨組みとして完成させるまで……この名前でいい」
焦凍の瞳には、かつての冷徹な傲慢さではなく、己の欠陥と向き合う青い覚悟が宿っていた。
そして最後に、指名0件の出久が歩み出る。
提示されたフリップ。
「……『デク』」
教室内がざわめく。
「緑谷、それ……昔からバカにされてた名前じゃ……」
お茶子の心配そうな声に、出久は静かに頭を振った。
「うん。……でも、僕にとってこの名前は、思考を巡らせて何もできなかった『無力な僕』そのものだ。頭で考えて動作を遅らせ、感情で力んで自滅する……そんな『無駄だらけの僕』を忘れないために。この名前を背負って、僕は一歩ずつ余計なものを削ぎ落としていきます」
アピールや見栄えのためのヒーロー名ではない。
己の肉体に残るノイズを削ぎ落とし、個性を純粋な『戦闘道具』として研ぎ澄ますための削岩機のような名が、教室の中に静かに並んでいった。
「……フン。化け物の卵どもが、いよいよ自分の皮を剥ぎにかかるか」
相澤の呟きは、間もなく始まる職場体験という「さらなる鍛錬」の開幕を告げていた。
そんな中、オールマイトが職員室で作業をしている端末に一通の指名依頼が遅れて届いた。
指名者:グラントリノ。
対象者:緑谷出久。