『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「プロの現場」というものは、華やかなメディアの映像とは程遠い。
そこで行われているのは、過酷な肉体労働と、一瞬の動作ミスが死に直結する泥臭い現実だった。
体育祭で世間や事務所の目を引いた生徒たちも、各々の受け入れ先事務所で、己の肉体に残る「無駄」を突きつけられていた。
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武闘派事務所:切島鋭児郎 & 鉄哲徹鐵
「おい、新入り! 足元が留まってねぇぞ!!」
フォースカインド事務所のトレーニングルーム。重厚な打撃音が響き渡る。
切島と鉄哲の二人は、プロヒーロー・フォースカインドの手によって、サンドバッグ代わりに叩きのめされていた。
「お前ら二人、体育祭の動きを見させてもらったが……『硬化』で全身をガチガチに固めて突っ立つことしか頭になぇ! 剛体になれば倒れないと思ってやがるな!?」
フォースカインドの重い一撃が、全身を硬化させて構える切島のガードに叩きつけられる。
ドォンッ!!
「ぐっ……!?」
『硬化』により肉体そのものは傷つかない。しかし、全身を一枚の岩のように固めて地を踏みしめていた切島は、その運動エネルギーをいなすことができず、体軸ごとゴロリと地面を転がされた。
「硬化すれば壊れねぇかもしれんが、全身を固めたままじゃ『足裏の支点』が完全に固定される! 強い衝撃を食らえば軸ごと吹き飛ばされる! それが巨大な『タメ(無駄)』になってんだよ!!」
切島は土に塗れながら、己の足裏と膝の硬直を見つめた。
(そうか……俺は壊れないことに安心しきって、全身を固めっぱなしにしてた……! だから殴られた後に体制を立て直すのが遅れて、次の攻撃に無駄なステップが必要になってたんだ……!)
「 個性の硬さと、関節の柔軟さを連動させられるまで、ひたすら殴り込みを続けてもらうぞ!!」
「……うス!!」
切島と鉄哲は、皮膚を硬質化させつつも、関節の無駄な力みを引き算しようと、必死に踏み込みの軸を修正し始めた。
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華やかの裏側:八百万百 & 拳藤一佳
「……八百万さん、拳藤さん。あなたたち、何か勘違いしていないかしら?」
ウワバミ事務所の撮影スタジオ。
華やかなメイクを施され、ドレスを着せられた八百万百と拳藤一佳は、カメラのフラッシュを浴びながら硬直していた。
体育祭で上位に入り、指名を受けた二人。しかし、ここで求められているのはバトルの訓練ではなく、モデルとしての振る舞いだった。
「プロとしての知名度も大切……ですが、ウワバミさん」
八百万が耐えかねたように口を開く。
「私は……自分の『創造』の速度と精度を上げたいのです。体育祭で自分の思考のラグと、無駄な生成プロセスがいかに致命的かを知りました。こんなことをしている時間はありません……!」
ウワバミはリップを塗り直しながら、鏡越しに冷ややかな視線を向けた。
「思考のラグ? 生成プロセス? ……八百万さん、あなた撮影中、ずっと肩に力が入っているわよ」
「え……?」
「『早く作らなきゃ』『完璧にこなさなきゃ』という焦りで、呼吸が浅くなって胸式呼吸になっている。だから脳に酸素が回らず、判断が鈍るの。……個性の精度以前に、自分の『自律神経と呼吸』すらコントロールできていない証拠よ」
八百万の息が詰まる。
「見せかけの華やかさを学ぶためだけに呼んだんじゃないわ。カメラの前で笑顔を作りながら、心拍数を一定に保ち、体幹をリラックスさせる。これができない人間に、実戦で冷静な判断なんてできると思う?」
拳藤がハッとしたように己の拳を見つめる。
(そういうこと……。魅せるためのポージングじゃなく、極限状態での『脱力と呼吸制御』の訓練……!)
「二人とも、ポージングを続けながら深呼吸。心拍数を90以下に落としなさい。落とせなければ、今日は一歩もスタジオから出さないわ」
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傲慢の崩壊:爆豪勝己
一方、ベストジニースト事務所。
「……君の髪は、荒れ果てているな」
姿鏡の前で、爆豪勝己は強引に髪を七三分けにセットされていた。
怒りで額に青筋を立てる爆豪に対し、ベストジニーストは静かに、だが絶対的な威圧感をもって語りかける。
「凶暴な目付き、力みがちな肩、相手を威圧することで誤魔化そうとする不安定な体幹。……君は体育祭で優勝したそうだが、その実態は『無駄な動作の塊』だ」
「あぁん!? 誰が無駄だと言った……!!」
爆豪が腕を振り上げようとした瞬間——
シャッ!!
一瞬にして、爆豪の首元と両手首が、目にも留まらぬ速度で伸ばされた繊細なデニムの繊維(糸)によって拘束された。
「なっ……!?」
「腕を引く『タメ』。発汗を促すための無駄な力み。君の動作は、プロの目から見れば爆破を放つ前の予備動作が筒抜けになっている」
ジニーストは糸をわずかに引き、爆豪の姿勢を強制的に正させた。
「君に必要なのは、破壊力ではない。『無意識のタメ』を極限まで削ぎ落とし、静寂の中から一瞬で個性を撃ち出す『精密さ』だ。……この糸の張力を感じ取れ。糸一本を弛ませず、張らせすぎず、自分の体軸を垂直に保ち続けろ」
爆豪は歯を食いしばった。
(糸の……張力……!? 腕を動かそうとすると、全身の力みが糸を伝わって全部跳ね返ってきやがる……!!)
「それができない限り、君はただの『扱いづらい爆竹』だ。ヒーローとは呼ばせない」
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現場へ出たA組の生徒たちは、誰一人として華やかなプロの技を授けられてはいなかった。
突きつけられたのは、己の日常の姿勢、呼吸、力み、そして意識のノイズ。
彼らは今、それぞれの現場で、己の肉体をただの「精密な戦闘道具」へと作り変えるための、途方もない地道な引き算の渦中にいた。