『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
ドガンッ!
グラントリノの足裏が、出久の頬をわずかに掠めて壁を抉った。
出久は間一髪でその軌道をかわし、床の上に静かに着地する。ワン・フォー・オールの緑色の放電が、全身の皮膚を過不足なく、均一に覆っていた。
「……ほう」
グラントリノは目を細めた。
出久は頭で「出力を何%に抑えて……」と考えるのをやめていた。ワン・フォー・オールを特定の部位に溜める「タメ」を削ぎ落とし、身体全体というひとつの器に均等に馴染ませる。
『ワン・フォー・オール フルカウル』の萌芽。思考のラグを限界まで削り落とした動き。
だが、グラントリノが真に目を見張ったのは、その閃きそのものではなかった。
「……小僧。お前、誰に揉まれた?」
グラントリノの鋭い声が、狭い部屋の空気を一瞬で氷つかせる。
「俊典(オールマイト)は擬音や感覚ばかりの奴で大雑把な筋肉の使い方しか教えん。相澤だったか教師の小僧も合理主義だが、お前が今やった『軸の抜き』や『関節の噛み合わせ』の徹底的な引き算……これは独学や雄英の授業で身につくようなシロモノじゃねえ」
出久は息を整えながら、自身の足裏を見つめた。
「……体育祭の前、早朝のグラウンドで……強化外骨格を纏った『イレギュラー』という先生に……何度も、何度も実戦組手をさせられました。自分の体の中にどれだけ無駄な力みや思考の遅延(ラグ)があるか、痛感させられて……」
「強化外骨格……だと?」
グラントリノは眉をひそめた。個性に頼る現代のヒーロー社会において、そんな機械仕掛けの外部骨格など、ただの時代遅れか異端の代物だ。
「個性のスペック頼みのこの時代に、わざわざ無骨な道具を纏って『体の理』だけを叩き込む奴がいたか……。フン、偏執的な武芸者のような男だな。だが……おかげで余計な雑味が削れて、型が通るのが異常に速い」
グラントリノは短く鼻を鳴らすと、杖を放り投げるように持った。
「よし、次は保須市へ出向くぞ。動く標的(実践)でその『引き算』が維持できるか試してやる」
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一方、その頃――東京に隣接する保須市。
マニュアルヒーロー事務所の巡回中、飯田天哉は路地裏の影をひとり歩いていた。
(……見つける。兄さんをあんな目にあわせた『ヒーロー殺し』を……俺のこの脚で……!)
飯田の歯の隙間から、ギチギチと恐ろしい噛み締め音が漏れていた。
朝のグラウンドで、強化外骨格の男から『復讐や焦りは身体の軸を殺す最大の大振り(無駄)だ』と冷たく指摘されたはずだった。
だが、重体に追い込まれた兄・インゲニウムの姿が脳裏をよぎるたび、飯田の体幹には凄まじい「力み」が走る。
踏み出す一歩、一歩。
エンジンを吹かす両脚のふくらはぎが、怒りと怨嗟によってガチガチに強張っていた。無駄なタメを削ぐどころか、憎悪という巨大な感情のノイズが、彼の美しい直線的な走法を歪ませ、支点を狂わせていく。
「飯田くん、あまり先に行くな! 巡回はチームワークだぞ!」
後方からマニュアルの声が飛ぶ。
「……すみません」
口ではそう答えながらも、飯田の視線は路地裏の暗がりだけを射抜いていた。
体の奥底で激しくきしむ骨格と、抑えきれない復讐の熱。
削ぎ落とすべき「ノイズ」に全身を飲み込まれたまま、飯田天哉は、静かに惨劇の街・保須市の深淵へと足を踏み入れようとしていた。
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