『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
ステインの冷ややかな刀身が、月光を反射して暗闇に一閃する。
身動きの取れない飯田の視界の中で、死の刃が首筋へと一直線に振り下ろされた。
(終わりだ……。俺は、何ひとつ……兄さんの仇すら返せず……!)
飯田が死を覚悟し、不甲斐なさに目を強く瞑った——その瞬間。
バンッ!!
路地裏の狭い両壁を激しく蹴りつける、鋭い破裂音が響き渡る。
「——させない!!」
緑色の放電を全身に纏った影が、垂直の壁面を三角跳びの要領で超高速ジグザグに蹴り伸びてきた。緑谷出久。
その跳躍には、かつてのような「出力を何%に抑えるか」という思考の迷いも、技を出す前の「構えのタメ」という余計なラグも存在しない。
グラントリノとの地獄の反復と、強化外骨格の男から叩き込まれた「思考の削ぎ落とし」。ワン・フォー・オールを特定の部位に溜め込まず、体幹という器に摩擦なく均一に巡らせた『フルカウル』の初動。
「……ッ」
ステインの目元がわずかに細まる。
振り下ろす刀の軌道を寸前で引き戻し、横合いからの刃で急襲を防ぐ——その対応すら、ステインにとっては予期せぬ「急ぎの動作」だった。
ガギィィィンッ!!
出久の右拳とステインの刀身が正面から激突し、暗闇の路地裏に火花が飛び散る。
「緑谷……くん……!?」
床に転がる飯田が、血と泥に塗れた顔を上げて絶句する。
出久の踏み込みには、体育祭の時のような泥臭い力みが消えていた。壁を蹴り、地を滑り、ステインの眼前へと着地する一連の動作において、体軸の揺れが極限まで引き算されている。
「飯田くん……動かないで! すぐ助ける……!!」
ステインは無言のまま一度距離を取り、壁の影へと静かに身を引いた。
言葉はない。ただ、その血走った眼光が出久の足元、肩、そして呼吸の深さを、獣のような鋭さで見定めている。
出久は深く低い構えをとった。
肩の力を抜き、肘を張らず、骨格の噛み合わせだけに意識を預ける。
(頭で考えるな……! この人の動きは、イレギュラー先生と同じだ……! 技の威力をアピールするための大振りや見栄えを完全に捨てて、相手を仕留めるためだけの『無駄のない最短軌道』で動いてくる……!)
一瞬の静寂。
言葉のやり取りすら存在しない、息をのむような間隙。
ステインの姿が、予備動作ゼロで消える。
刃を引く「起こり」すら見せず、最短距離で出久の喉元へ伸ばされる刀身。
(速い……! でも、見れる! 『タメ』を削った今の僕なら、反応が間に合う……!!)
出久は最小限の首の捻りで刃をかわし、同時に足裏の支点を滑らせてステインの懐へと踏み込んだ。
喋ることで自らの隙を作るようなマネは一切しない「殺意の修羅」。
その無口で圧倒的な実力に対し、出久は削ぎ落とした身体動作だけで食らいついていく。