『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』   作:平素練磨

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第31話:折れた支点、澄み渡る殺意

 

路地裏を支配していたのは、言葉のない「殺意の精度」だった。

 

金属音と風を切り裂く音だけが、狭い路地に激しく響き渡る。

ステインの動きには、何ひとつとして無駄な動作が存在しなかった。刃を引く引き代、踏み替える足の角度、目線を動かす時間すらもミリ単位で最適化されている。相手を殺すためだけに不要な感情も、誇示も、誇張もすべて削ぎ落とされた――まさに洗練された『道具』としての殺人術。

 

その刃の軌道に対し、出久は全身に均一な巡りを持たせた『フルカウル』で必死に食らいついていた。

 

(考えたら遅れる……! 構えのタメを作ったら斬られる……! 力を溜めるな、体に従い、足裏で衝撃を逃がせ……!)

 

出久の頭の中にあったのは、体育祭での不格好な自滅でも、オールマイトのような圧倒的な見せつける力でもない。ただひたすらに、イレギュラー先生に教え込まれた「引き算」の理だけだった。

思考のラグを削り落とし、最小限の体位変換で刃をかわし、相手の不意を突いて拳を繰り出す。出久の足取りは、着実に「摩擦ゼロ」の領域へ近づきつつあった。

 

だが――アスファルトに転がり、血を流しながらその光景を見上げる飯田天哉の胸を裂いたのは、恐怖ではなく、絶望的なまでの「己の醜悪さ」だった。

 

(……何と戦っているんだ……)

 

ステインには言葉すらない。

自らの思想に基づき、一切のノイズを挟まずに淡々と刃を振るう。

出久もまた言葉を失い、己の肉体に残る微小な「力み」や「思考の遅延」という雑味を削ぎ落とすことだけに全神経を注いでいる。

 

それに引き換え、自分はどうだったか。

 

(俺は……兄さんの復讐という感情に甘え、肩を怒らせ、怒りで歯を食いしばり……全身をガチガチに固めて突っ込んでいった……)

 

イレギュラー先生に叩き込まれたはずの「軸」の意識。

それを自ら捨て去り、怨嗟という巨大なノイズ(無駄)に身を委ね、ただがむしゃらに足裏の支点を破綻させて自滅したのだ。ステインに与えられたのは敗北ではなく、その不格好で醜い動作に対する冷酷な「淘汰」でしかなかった。

 

(なんて……なんて不格好で、無駄だらけの踏み込みだったんだ……!)

 

飯田の目から、血混じりの涙が零れ落ちる。

『凝血』の個性によって全身の自由は奪われている。指一本動かず、肩に刺さった目打ちの痛みが脳を削る。

 

だが、飯田は歯を噛み締めるのをやめた。

怒りで引きつっていた表情を、必死に弛緩させる。胸郭を圧迫していた浅い呼吸を、血の味のする喉奥で深く、深く、整え直そうとした。

 

(力を抜け……! 怒りで固まった背骨を解け……! 支点を固定するな……!)

 

動かない肉体。

しかし、飯田の意識の中で、憎悪によってガチガチに強張っていた全身の骨格が、本来の『正しき軸』を取り戻そうと足掻き始めていた。

 

「ぐ……ふっ……!!」

 

動かないはずの足指が、冷たい泥をわずかに捉える。

復讐のために吹かしていた不格好なエンジンではなく、ただ一人のヒーロー候補生として、己の肉体から不要なノイズを削ぎ落とすための、静かな再起の芽生えだった。

 

その瞬間――ステインの短刀が、隙を見せた出久の太ももをかすめた。

 

ポタリ。

 

一滴の血が、暗闇の中に舞い落ちる。

 

「……ッ!?」

 

出久の身体から、緑色の放電がフッと消えた。

ステインが舌先で短刀の血を舐めとると同時に、出久の体が麻痺し、アスファルトへ崩れ落ちる。

 

語られる言葉はない。ただ、ステインは静かに刀の柄を握り直し、動けなくなった出久と飯田の二人へ向けて、死の静寂を足元から忍び寄らせていた。

 

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