『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
壊された右腕をだらりと垂らしながらも、ステインの眼光に宿る執念は死んでいなかった。
(あの男……素手でありながら、こちらの刃の軌道をすべて殺し、骨格を崩してくる……。正面からの打ち合いは不利……!)
ステインの冷徹な殺しの直感が弾き出した次の一手。本来へのターゲットの切り替え。
左手の短刀を握り直したステインの視線が、路地の奥で血を流し、まだ身動きの取れないプロヒーロー・ネイティブへと向けられた。
己の肉体が壊れようとも、目の前の「贋作」を一人でも多く粛清する——それがステインの揺るぎない信念。
ステインがアスファルトを蹴り、ネイティブへ肉薄する。
「させ……ないっ……!!」
その瞬間、地を蹴って飛び出したのは緑谷出久だった。
(動ける……! 個性の麻痺が解けた……! 先生の言っていた通り、個性に頼り切るんじゃない……足を前に踏み出すんだ……!)
出久の全身に『ワン・フォー・オール フルカウル』の緑の電磁が弾け、ステインの突進のラインへ割り込む。
チッ、とステインが舌を鳴らした。
(麻痺が切れたか……! あの無言の男だけでも厄介なところに、足止めまで加わっては二対一。追撃のヒーローが来る前に……!)
ステインは即座にネイティブへの踏み込みをキャンセル。
壁面を強く蹴り上げ、路地裏に設置されたエアコンの室外機や配管を足場にして、三角飛びの要領で上層階へと跳ね上がった。そのまま騒乱の続く表通りへと逃走を図る身のこなし。
「待て――ッ!!」
出久が壁を蹴って追撃しようとしたその瞬間。
出久の視界を、イレギュラーの左手が遮った。言葉はない。ただ制止を促す、静かな片手。
「え……先生……!?」
出久が足を止めた刹那、イレギュラーの背部に装着された『KISARAGI製強化外骨格』の背部構造部が、甲高い金属摩擦音を上げた。
身体に強烈なGと磨耗を与える、緊急用背部推力器の点火。
圧縮気体とトルクの限界駆動が組み合わさった爆発的な推進力が、イレギュラーの体を弾丸のように空へと加速させる。空を舞う武骨な質量。
「なに……っ!?」
路地裏を抜け、表通りのビルの壁面へ着地しようとしていたステインの視界が、一瞬で黒く塗りつぶされた。
追いついたのではない。空間の距離そのものを強引に圧殺して迫ってきた「質量の壁」。
空中において、イレギュラーの右手が、ステインの後頭部を寸分の狂いもなく掴み取った。
そのまま、推力の残勢をすべて乗せた斜め下への自由落下。
大通り沿いの雑居ビルのコンクリート壁面に、ステインの頭部と背骨が強烈に叩きつけられた。
壁面が蜘蛛の巣状に砕け散り、激しい粉塵が巻き上がる。
ステインの左手から短刀がすっぽ抜け、アスファルトへ落ちて甲高い音を立てた。
頸椎と三半規管への物理的な過負荷。ステインの白目をむいた瞳から完全に光が消え、全身の力が失われる。
一瞬の爆発的推進と、一撃の構造解体。
粉塵が舞い散る大通りで、イレギュラーは膝下のシリンダーを静かに噛み合わせ直し、壁面に沈んだステインの身柄を無言で見下ろしていた。