『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
深夜の雄英高校・校長室。
防音材と電子遮蔽パネルに囲まれた空間に、わずかな金属の駆動音が響いていた。
その背骨から首、腰、脚部へと繋がる『KISARAGI強化外骨格』の接合部には、保須市で飛翔型脳無を撃ち落とした際の無理なトルクと衝撃による金属疲労で、目視できるほどの微細な亀裂と焼き付きが広がっていた。
「……ひどい有様だね。保須の報告書は読ませてもらったけれど、フレームはギリギリの限界値だ」
デスクの上で紅茶のカップを置いたのは、雄英高校校長・根津だった。
その隣には、点眼薬を瞳に差しながら壁に背を預けている相澤消太の姿がある。
「過圧シリンダーの完全焼き付き、背骨支持軸の三ミリの歪み……。USJで1号機を壊し、予備機までこの状態か。相変わらず無茶な使い方をする」
相澤の低く冷めた声に対し、イレギュラーは表情を変えず、傷ついたフレームのジョイント部分を無言で点検しながら短く切り出した。
「……1号機の修復の進捗はどうなっている」
自己の肉体や疲労についての弁明も解説もない。壊れた道具の代替えと修理状況だけを尋ねる冷徹な問い。
「ふふ、相変わらず無駄な会話を嫌うね」
根津は手元のタブレットを操作し、立体ホログラムの設計図を空間に浮かび上がらせた。
そこに映し出されたのは、USJで大破した1号機をベースに、より重厚な高密度チタン合金と大型ダンパーで再構築された補強案だった。
「 USJでの脳無、そして今回の飛翔型脳無……。君が戦う相手は『超大型異形系』へシフトしつつある。だからね、パワーローダー先生や知り合いに衝撃耐性を倍増させた重装甲・高出力の補強プランを用意してもらったんだけれど——」
「無駄だ」
根津の言葉を途中で遮り、イレギュラーはホログラムを一蹴した。
「重装甲も過剰な油圧ダンパーも要らん。打撃のベクトルを殺し、相手の力学を奪う際に、わずかなフレームの遅延と自重の重みが致命的なノイズになる。相手を『虚』で生身に落とせば、必要なのは過剰な出力ではない」
イレギュラーは冷ややかな視線を設計図に向けたまま、淡々と己の要求を口にする。
「必要なのは、構造強度を維持したままの極限までの軽量化、そして追従性の向上だ。自分の生身の骨格と完全に同調し、運動の違和感をゼロにだ」
「……相変わらず徹底しているな。自分の『武の理』を邪魔する要素は、防御力であっても切り捨てるか」
相澤が溜め息混じりに呟く。
根津は一瞬呆れたように肩をすくめたが、すぐに興味深そうな笑みを浮かべ、画面のパラメータをその場で書き換えていった。
「なるほど、装甲による防御ではなく『完璧な運動性能による回避と最小限の流し』を前提とするわけだね。……君の要求通り『徹底的な軽量化と関節追従性の極限化』にプランを変更しよう」
根津は端末の操作を終えると、少しの間を置いてトーンを落とした。
「保須でのステイン確保の報は公安と警察の内部にのみ留めてあるが、奴ら敵連合(LOV)が何を企み、次にいつ動くかは不透明だ。そして……死柄木吊の後ろに潜む影もまた、君の『虚(Void)』という異質の存在に強い関心を示していることは間違いない。彼らが次にどんな手を打ってくるかは、読めないね」
イレギュラーは根津の分析にも一切言葉を返さず、椅子から立ち上がると無言でHMDバイザーを装着した。
漆黒のバイザーが静かに起動し、赤い電子光が走る。
彼は誰に振り返ることも、別れの言葉を告げることもなく、校長室の電子扉をくぐって夜の廊下へと消えていった。
残された相澤は、静まり返った扉を見つめながら呟いた。
「……1号機も予備機も、そして自分自身の身体すら単なる『消耗品』として扱っているな」
「だからこそ、彼は『イレギュラー(規格外)』なのさ」
根津は静かに紅茶を飲み干すと、暗闇に消えた男の静かな足音をいつまでも耳で追っていた。