『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
時は流れ、期末テストの演習試験が翌日に迫る中。
雄英高校地下・特命開発工房の空気は、吐き気がするほどの焦燥感と複雑な構造計算データの山に埋もれていた。
室内の中央に吊り下げられているのは、USJでの激闘で大破し、雄英トップメカニックであるパワーローダーの手によって解体・再設計が進められている『KISARAGIフレーム1号機』の骨格だった。
だが、作業は完全に暗雲へと立ち込めていた。
「……駄目だ、校長。計算がどうしても合わねぇ!」
パワーローダーがヘルメットの上から頭を抱え、デスクに散らばったホログラムモニターの数値を叩く。その隣では、根津校長が冷めた紅茶に手を付けることすら忘れ、鋭い眼光でエラーコードの群れを見つめていた。
二人が突き当たっていた壁は、主に四つ。
**1. 追従性向上に伴う「揺らぎ」の喪失と靭帯破断リスク**
生身の骨格と寸分の狂いもない「極限の追従性」を追求した結果、フレームの応答速度が人間の神経伝達速度を超越してしまった。生身の人間が動く際に生じる微小な「遊び(揺らぎ)」をソフト側がノイズとして排除してしまい、関節の微細な動作ズレが発生。このまま装着して力学操作を行えば、フレームのトルクが本人の膝や肘の靭帯を一瞬で引き千切る(破断させる)破滅的なエラーを起こす。
**2. 徹底的な軽量化による強度維持の破綻**
軽量化を推し進めた結果、装甲およびフレーム主軸の肉抜きが限界に達し、従来の剛性が担保できなくなっていた。軽さを取れば脳無クラスの打撃でフレームごと骨折し、頑丈さを取れば重さとトルク過多で装着者の肉体を再び磨耗させるという不完全燃焼の悪循環。
**3. 『KISARAGI』基礎設計における異常な安全無視**
解析を進めれば進めるほど、元のKISARAGI企業が遺した基礎設計データがあまりにも異常であることが判明していた。
「一般的な工業製品・医療機器にあるはずの『装着者の人体保護回路(リミッター)』が概念すら存在しない。最初から“人間を壊れもの”として扱わず、限界を超えて駆動させることを前提とした狂気の設計だ……!」とパワーローダーは吐き捨てる。
**4. 天才たちの手詰まり**
雄英が誇るメカニックの権威であるパワーローダーと、超人的頭脳を持つ根津校長。二人の知能をもってしても、「生身の人間を壊さずに、KISARAGI製品の狂気的な性能を引き出す」という矛盾した方程式の最適解が叩き出せずにいた。
「……ふむ。これは予想以上に根が深いね」
根津がパイプの煙の代わりに溜め息を吐き出す。
「彼の戦術……『個性を奪い、生身の骨格と力学だけで制圧する』という領域は、そもそも人間の生物的限界を遥かに超えている。KISARAGIのオリジナル設計者が狂っていたのか、あるいは彼自身がその狂気に応えるために己の身体を道具に変えたのか……」
「どうします校長? 期末試験が終わればすぐに林間合宿だ。あの『2号機』の応急処置じゃ、次の大戦闘が起きた時にシリンダーどころかフレームごと爆散するぞ」
パワーローダーの問いに、根津は深くシートに背を預け、冷めたティーカップのふちをゆっくりとなぞった。
「ソフト側のアルゴリズムに、彼の『生身の皮膚感覚』という不確定要素を組み込む『地獄のような試運転』を試すか……。あるいは」
根津の細い瞳が、暗闇の中で怪しく光る。
「……倒産して久しい、あの『KISARAGI社』の生き残り……元開発技術者に丸ごとすべてを託すしかないかもしれないね」
暗い工房の中で、無機質な骨組だけとなった1号機カスタムが、まるで未だ主を選びかねている怪物の骨格のように静かに佇んでいた。