『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』   作:平素練磨

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第4話:原点と計測、あるいは特例の調印

 

校長室の空気は、いつもと変わらず淹れたての紅茶の香気に満ちていた。

重厚なマホガニーのデスクを挟み、二つの書類が並べられている。「臨時特別講師委嘱契約書」、そして「緊急時現場介入における免責および公安経費相殺協定」。

 

対面に座る男は、一切の無駄を省いたKISARAGI製強化外骨格を組み付けた常時の装いのままだ。190センチを超える巨躯がもたらす圧迫感と、非常時の動作を一切阻害しない合理的な装備。顔面の上半を覆うハーフ遮光バイザーの奥からは、一切の熱量が窺えない。

 

根津はティーカップに口をつけ、静かに角砂糖を揺らした。

 

「『個性』依存からの脱却、および特殊環境下における実地生存講義……名目はいくらでも作れるがね」

 

根津の提示した条件はシンプルだった。公安からの危険な暗殺・粛清任務の頻度を下げ、雄英の非常勤枠として拘束時間を作ること。

 

「相澤くんからの報告は受けているよ。君のその『無駄のない生き残り方』は、これからの生徒たちにとって最高の泥を教える教材になるからね。……そして、少しばかり休みも必要だと思うよ」

 

男――イレギュラーは、差し出された契約書に視線すら落とさず、手袋を嵌めた指先で淡々と署名した。

 

「……必要なら、やる。業務としてこなすだけだ」

 

「相変わらず愛想のないことだね。では二ヶ月後――生徒たちの『最初のアセスメント』を頼むよ」

 

---

 

**雄英高校 入試当日――モニター監視室**

 

巨大なモニター群には、各演習場を埋め尽くす受験生たちの姿が映し出されていた。

擬似ヴィランロボを相手に、豪華絢爛な「個性」が咲き乱れている。爆発、硬化、変形、射出。眩い光彩と破壊音がスピーカーから漏れ出ていた。

 

監視室の最奥、暗がりの中に二つの影が並んでいた。

一人は黒いヒーロースーツに身を包んだ相澤消太。もう一人は、完全実戦装備のまま動かないイレギュラーだ。

 

「……どう見えます、イレギュラー」

 

相澤が目線だけを動かし、短く問いかけた。

 

バイザーのデジタルグリッドが、機械的に受験生たちをアナライズしていく。

 

「……無駄だ」

 

イレギュラーの声は、機械音のような低音で短く吐き出される。

 

「全員、重心が高い。脚で踏ん張らず、個性の反動で振り回されている。個性を封じられた瞬間にただの肉塊になる」

 

「違いない」

 

相澤は深く息を吐き出し、目元を片手で押さえた。

 

「『個性』の出力を競うサーカスだ。自分がどれほど恵まれているか、どれほど物理的な身体が脆いかを理解していない。あんな足取りで路地裏に入れば、開始三秒で首を折られる」

 

モニターの端では、ひと際目を引く爆発的な出力の受験生(爆豪勝己)が、圧倒的な火力で仮想ヴィランを叩き潰していた。

 

「あいつの感覚は本物だ」と相澤が呟く。「だが……『個性』を完全に遮断されたとき、あの体の使い方がどこまで維持できるか」

 

「三歩で止まる。推進を個性の爆破に依存しすぎている。右踏み込みの際、遊脚の引き込みが遅い。個性が失われれば自重を支えきれずに足首を挫く」

 

「……あんたは、相変わらずだな」

 

相澤は苦笑に近い吐息を漏らした。

個性を無力化する『虚』の接触と、強化外骨格フレームのトルク、そして武の理に裏打ちされた絶対的な重心破壊。あの洗練された泥臭さは、個性に頼り切った現代のヒーロー社会に対する、最も過酷なアンチテーゼだ。

 

その時、モニターの中央で異変が起きた。

 

『ゼロポイント』――超大型ギミックヴィランロボの投入。

逃げ惑う受験生たちの中で、緑色の髪をした一人の少年(緑谷出久)が、完全に硬直していた。

 

相澤の目が細くなる。

 

「……腰が引けている。逃げ遅れた奴がいるにもかかわらず、身体がすくんで動いていない」

 

少年は土壇場で走り出した跳躍。踏み込みは不格好で、腕の振りも支離滅裂。

しかし振り抜かれた拳から放たれる天を突くような圧巻の衝撃波。跳躍した少年の一撃が超大型ヴィランの顔面を粉砕する。だが、その代償として少年の右腕と両脚は自壊し、無様に落下していく。

 

監視室内に、わずかな沈黙が流れる。

 

「……滅茶苦茶だな」

 

相澤が吐き捨てるように言った。

 

「一発撃って自分が全壊するなら、実戦ではただの肉の壁だ。……不合格だな、自己保存の観点から言えば」

 

「……自壊の計算すらできていない」

 

イレギュラーの視線は冷徹だった。バイザーの奥で、落下の軌道と衝撃による骨砕をデータとして淡々と弾き出している。

 

「骨格の強度が出力に追いついていない。ただの物理的な自爆だ。あのような運用の仕方を続ければ、業務を継続する前に廃人になる。……しかし、道具を使い潰すタイミングは理解している」

 

感情の揺らぎも、指導者としての熱量もない。ただ「道具としての耐久限界と欠陥」を事実に即して指摘しただけだった。

 

イレギュラーは興味を失ったように背を向け、監視室のドアへと歩き出した。強化外骨格の稼働音が、カチリと静かな金属音を響かせる。

 

「……それだけだ。次はグラウンドで計測する」

 

相澤は去っていく背中を無言で見送り、再びモニターへと目を戻した。

 

 

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