『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
期末テストの実技試験が終わり、校内に生徒たちの安堵と疲労が入り交じる空気が漂う夕刻。
雄英高校・校長室のブラインドは固く閉ざされていた。
薄暗い室内で、デスクに置かれたホログラムモニタだけが静かな青い光を放っている。
そこに表示されていたのは、かつて業界の端で異端と称され、数年前に突如として破綻・倒産した精密機械・兵装メーカー『KISARAGI』の抹消済みデータベースだった。
「……やはり、生半可な手直しでは届かないわけだ」
根津校長は温くなった紅茶に一口だけ口をつけ、画面上のエラーログを見つめた。
地下工房でパワーローダーとともに試みた1号機の改修作業は、完全に暗雲へと突き当たっている。
追従性を極限まで高めようとすれば「遊び」が消え、フレームの駆動トルクが装着者の関節や靭帯を内側から引き千切る。剛性を確保すれば重さと慣性で肉体を摩耗させ、軽量化すれば一撃でフレームごと骨砕する。
何より、基礎設計の段階から「装着者の人体を安全に保護する回路」が概念すら存在しないという異常性。
どれほど雄英の頭脳と技術をもってしても、安全と規律の工学の上では、あのフレームを完成させることは物理的に不可能なのだ。
「人を人として扱わない狂気の設計……。これほどの技術を組み上げながら、表舞台から姿を消した男」
根津の小さな指先がキーボードを叩く。
破産通告書、資産差し押さえの記録、そして闇ルートへと流出した特許技術のリスト。それらの複雑なデータ線を辿り、根津は一人の人物の人物照会ファイルへと辿り着いた。
『元KISARAGI・主任開発技師』
顔写真はノイズ処理され、現在の所在は空白。警察のデータベースからも意図的に抹消されたかのような怪しい痕跡。
「……校長」
部屋の隅、影の中から相澤消太の声が響いた。
「容易ではないね。だが、手がかりはある。倒産後、彼の研究データと特許の一部は闇市(ブラックマーケット)を経由して流出している。……そして、あの『1号機』の初期フレームを彼に手渡した仲介ルートを逆展開すれば、必ずこの技術者の潜伏先に突き当たるはずだよ」
根津は細い瞳をさらに小さく細め、冷たく言い放った。
「彼の戦術……『個性を奪い、生身の骨格と力学だけで制圧する』という領域を成立させるには、その狂気を生み出した本人の手が必要不可欠になってしまった。……林間合宿までに、この男の身柄、あるいは技術の所在を抑える」
根津は静かにモニタの電源を落とした。
夏の林間合宿、そしてその先に待つ不気味な暗雲に向け、地下深くで裏の歯車が静かに噛み合い始めていた。