『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
I・アイランドで開催されるプレオープンイベント。爆豪らの安全確保および引率という名目で、根津校長はイレギュラーに一週間の派遣任務を言い渡していた。
表向きは警護と監視。だがその本質は、損傷著しい2号機を騙し騙し運用し、己の肉体すら削り続けるこの男に、強制的な休息と機体の本格点検の時間を与えるための根津なりの配慮だった。
出発を翌週に控えたその日、雄英高校の事務受付に異様な事態が発生していた。
「おい……どこだ! ここにあのフレームがあるんだろ! 1号機も、2号機も! 見せろ! 今すぐ俺に見せろ!!」
相澤消太すら霞むほどの伸びきった無精ひげ、血走った眼、油と焦げ臭さに塗れた作業着。狂気じみた眼光で事務員に食って掛かる男の身元は、受付の警備システムが弾き出したIDによって一瞬で特定された。
元KISARAGI・主任開発技師。
警備員が制圧に入るより早く、報告を受けた根津校長とパワーローダーが地下工房へと男を招き入れた。
地下開発工房の中央。吊り下げられた解体解析中の『1号機』の骨格、そして仮組みの台座に置かれた『2号機』を目にした瞬間、男の動きが完全に固まった。
「あ……あ、あ……ッ」
特に2号機の惨状は、技術者の目から見れば直視に耐えない凄惨な代物だった。
メインフレームは捻じれるように歪み、過圧で焼け焦げた油圧シリンダーには無数の微細なクラック(亀裂)が走り、関節の軸は物理的負荷でガタガタに潰れている。応急処置の溶接跡すら痛々しい、文字通りの「満身創痍」状態だった。
男は周囲の視線も忘れ、ふらつく足取りでフレームへ駆け寄った。
「酷い……なんてザマだ……! 俺の機体が……! 誰だ、誰がこんな無茶な使い方をしやがった……!? フレームが内側から捻じ曲がってやがる……! こんな負荷がかかったら、普通は人間側の骨が先に折れて潰れるはずだぞ……!?」
男は膝をつくようにしてフレームに縋り付き、汚れた指先で震えながら金属の肌を撫でまわした。その目から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ落ちる。
そして血走った目を跳ね上げ、根津たちの胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。
「乗り手はどこだ! こいつに乗って、俺の機体を壊した怪物はどこにいる!!」
「——やかましい」
暗がりから響いた低く冷ややかな声に、工房の空気が凍りついた。
定期メンテナンスと2号機の状態確認のために工房へ足を踏み入れたイレギュラーだった。HMDバイザーを外し、無機質な眼光で油臭い男を見下ろしている。
技術者は一瞬息をのんだ。目の前に立つ男の体幹、無駄のない重心の置き方、そしてフレームを装着していたであろう肩や膝の筋肉。
「……お前か。お前が……俺の機体を壊した『乗り手』か……!」
男は取り憑かれたようにイレギュラーの全身を検分し、早口で捲し立て始めた。
「狂ってる……! 追従性が足りないからって、生身でフレームの歪みを力任せに押さえ込んで動かしたんだろ!? 馬鹿かお前は! 機械が壊れるのは当然だ! お前みたいな規格外な化け物が動かすには、今の1号機も2号機も根本的にスペックが足りねえんだよ!!」
怒号のような解説を、イレギュラーは眉一つ動かさずに聞き流した。
そして、極めて淡々と、事実だけを提示する。
「動けばいい。力学の伝達遅延ゼロ。軸ブレゼロ。それだけだ」
「は……?」
「お前の能書きはどうでもいい。要求はそれだけだ。できないなら失せろ」
技術者の顔が赤黒く跳ね上がった。プライドと狂気が激突し、男の歯がぎりぎりと音を立てる。
「……言いやがったな、この化け物が……! やってやる!! 1号機をお前に耐えられるよう再設計も、制御スレッドの書き換えも、全部俺がやってやる! この2号機も俺が直す! ど素人に触らせるかよ!!」
男は上着を投げ捨てると、パワーローダーの制止も聞かず、工房の工具箱をひっくり返して2号機の解体作業に没頭し始めた。
その狂気的な手つきと、呆れるほどの集中力を見つめながら、根津校長は冷めた紅茶のカップを揺らし、小さく息を吐いた。
「……やれやれ。手続きが追いつかないね」
根津は胸ポケットからペンを取り出すと、端末に一枚の書類を呼び出した。
「今日から君は、雄英高校特命開発工房の『臨時整備職員』だ。給与と設備は保証するよ。……彼の機体を、気が済むまで直すといい」
油に塗れた工房の中で、狂気の技術者と、機械を壊す乗り手。
交わるはずのなかった二つの牙が、I・アイランド渡航の直前、雄英の地下で最悪かつ完璧な形で噛み合った。