『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
一週間後——。
初夏の陽光が差し込む雄英高校の特命開発工房には、朝から金属を加工する甲高い音と、油圧オイルの焦げる匂いが立ち込めていた。
「おい発目! そこ動かすな! 0.005ミリ狂ったら同軸スレッドの計算が丸ごと破綻するって言ったろ!!」
「はいはい! ですがこのシリンダーの応答性能、うちの『ベイビー』たちにも応用できそうですね! 構造見せてください!」
「触るなバカ野郎! 壊す気か!!」
パイプ椅子を蹴飛ばしながら怒号を上げる男——元KISARAGI主任開発技師は、ほぼ不眠不休で作業を続けた結果、眼窩を激しく落ち窪ませていた。だがその瞳には、怪しいまでの光が宿っている。
初日の作業で男の腕の確かさと異次元の精度を見抜いたパワーローダーは、自らの教え子たちに「狂気だが本物の工学」を学ばせるため、発目明をはじめとする優秀なサポート科の生徒たちを臨時助手として送り込んでいた。発目は男の怒号など意にも介さず、食い入るように技術者の手元を観察している。
工房の奥には、パーツ単位まで完全に分解され、CAD画面上で再設計の図面が引かれつつある『1号機』のデータ。完全な追従性と統合的なスペックアップを果たさせるため、男はこれを図面段階から完全に引き直す構えだった。
そして中央の作業台に横たわるのは、修復作業中の『2号機』だ。
1号機の再設計で投入される新技術の実地テストとして、フレーム復元だけでなくある程度の追従性アップを見込んだ改修が進められていた。当然、渡航日には到底間に合わないが、一切の妥協はない。
「……おい、化け物」
血走った目でドライバーを振るう男が、作業の手を止めずに背後へ吐き捨てた。
私服の上から暗灰色の耐摩耗ロングコートを羽織り、手に頑丈な大型キャリーケースを提げたイレギュラーが立っていた。
「2号機は渡航には間に合わねえ。だが……そこに置いてある『代用品』を持っていけ。一昨日の夜、突貫で用意したやつだ」
男が顎でしゃくった先には、黒いケースに収められた武骨な外骨格があった。
災害救助や危険現場作業用の高負荷作業骨格をベースに、突貫で組み換え・手直しされた代物だ。装甲板すら貼られていない黒染めクロモリ鋼の骨組みと剥き出しの油圧ライン。いくらか元の装備や面影も残っているが、そのフレームの重要関節部には、肉眼では継ぎ目すら判別できない超高精度な追加補強板が溶接され、制御系には男が独断で書き換えた過酷な負荷耐性アルゴリズムが組み込まれていた。
最低限度の肉体保護強度を確保しつつ、イレギュラーの異常な『武の理』による瞬間衝撃に耐えうるよう、骨格の歪み計算ごとシステムレベルで改修し切っている。
「あ、ありえない! 作業用骨格のアシスト制御を全書き換えしてこの剛性バランス……!? 中身はどうなっているんですか見せてください!!」
さっきまで怒鳴られていた発目が一瞬で目を輝かせ、腰のホルダーから電動ドライバーとレンチを引っこ抜いてフレームに飛びかかろうとした。
「待て発目! これ以上散らかすな!!」
「おい誰かコイツを押さえろ!!」
パワーローダーとサポート科の生徒二人がかりで背後から組み付かれ、首根っこを掴まれながらも「分解させてくださぁぁい!」と大暴れする発目を横目に、イレギュラーは代用フレームのケースを静かに閉じた。
「……終わっているのだろうな」
「ハッ、言われなくてもやってやるよ! 帰ってきたら、お前のそのイカれた骨格に完璧にへりくだる『本当の2号機』を拝ませてやる! 途中で死んで使えなくなったら殺すぞ!!」
技術者は吐き捨てると、群がる発目たちを怒鳴りつけながら、再びスパナを握り直しフレームのボルトを締め上げ始めた。
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数時間後、成田国際空港の専用ターミナル。
「なんで……! なんであの野郎が、俺たちの引率なんだよ!!」
搭乗ゲートの前で、爆豪勝己が掌からバチバチと小さく爆音を鳴らし、殺気立った眼光でベンチの一角を射抜いていた。
隣で切島鋭児郎が「まあまあ爆豪、落ち着けって! 危険な現場をくぐってきたベテランだって相澤先生も言ってたろ……」となだめているが、爆豪の体の強張りと苛立ちは収まらない。
入学以来、朝夕の過酷な稽古において、爆豪は叩き込まれ続けていた。
自慢の爆破を「虚」で無効化され、予備動作の大きい大振りや派手な演出の動きをことごとく潰され、何の理屈も通じない圧倒的な『武の理』によって地面へ叩きつけられたあの恐怖と屈辱。
どれほど個性の出力を上げようと、生身の骨格と体幹を制せられれば人間は容易に解体されるという残酷さを、彼は誰よりも骨の髄まで理解していた。
ベンチで淡々と搭乗券を確認しているイレギュラーの姿。
代用フレームを詰めた大型キャリーケースを足元に置き、主張を排したグレーの服を着ている。何食わぬ顔で気配を消し、周囲の喧騒に溶け込んでいるその佇まいそのものが、爆豪の自尊心と敗北感を強烈に逆撫でしていた。
爆豪が足音を殺し、全身の筋肉を硬直させたまま数歩歩み寄る。
「……何のつもりだ、おい」
低く、絞り出すような爆豪の威嚇。そこにはいつもの雑な怒号ではなく、絶対的な強者に対する重い警戒と屈辱が籠もっていた。
「俺たちの警護だと? 冗談じゃねえぞ……。あんな真似して、今更先生面してつきまとう気か」
イレギュラーは視線すら上げず、静かにパスポートをポケットへ収めた。
「お前の警護ではない。渡航先のセキュリティライン、および現地におけるトラブル発生時の初期対応が当方の任だ」
冷徹でビジネスライクな声。
熱量も感情も一切含まれていないその淡々とした返答に、爆豪は拳を強く握り締め、胸の奥で煮え繰りかえる屈辱を噛み殺しながらチッと深く舌を鳴らした。
離れた場所でそのやり取りを見ていた緑谷出久は、自身の掌を静かに握り直していた。
(……構えの無駄を削ぎ落とし、体幹の軸を一切ブレさせずに力を伝える。あの人の動きには、個性に頼らない究極の効率がある。僕の『フルカウル』に必要なのは……あの『武の理』の理解だ)
ノートに書き溜めた朝夕の稽古の記憶を反芻し、出久は静かに集中を高める。
『これより、I・アイランド行き特約便の搭乗を開始いたします——』
アナウンスが流れ、搭乗口へと歩き出す生徒たち。
イレギュラーは代用フレームのケースを引きながら最後尾につく。
1-Aの生徒たちが朝夕の鍛錬を経て、無駄な揺れの少ない引き締まった歩行姿勢で進んでいく背中を見つめながら、同時に空港ターミナルの死角を無意識に網羅していく。
(人工移動都市『I・アイランド』……世界中の最新技術が集う陸の孤島)
胸の内で静かに思考を回す。
スペックの落ちる無骨な代用フレームを携え、巨大な力学と最新技術が集う場所へ。
そこは彼にとって「引率」や「静養」の場所などではなく、自らの体内の余熱を逃がし、次の戦いに向けて牙を研ぐための冷徹な実験場に過ぎなかった。