『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
中央タワー1階、エントランスロビー。
プレオープンレセプションの開始時刻が刻一刻と迫る中、煌びやかな衣装を纏う招待客たちが続々と上層階のエレベーターへと吸い込まれていく。
その華やかな空気の中で、佇む雄英高校1-Aの面々は、周囲のパーティードレスやタキシードとは異なる雰囲気を静かに纏っていた。
彼らが身に纏っているのは、ドレスコードとしての礼服ではない。雄英でも着用している実戦用の『ヒーロースーツ』だ。
朝夕の訓練において、非常勤臨時講師であるあの男——イレギュラーから叩き込まれ続けたのは、飾り立てた演技や見せかけのパフォーマンスの徹底的な削ぎ落としだった。
「未熟者であればこそ、いついかなる時も『現場』に立つ覚悟を形にしておかなければならない」
語らずともその姿が、彼らにドレスアップではなくコスチュームを選択させていた。アルバイトの制服姿で佇む上鳴と峰田の隣で、緑谷や爆豪、轟、切島たちは、過剰に構えることなく、ただ浮足立つことのない落ち着きを保って立っている。
「……皆さん、パーティーの雰囲気に呑まれず、周囲の通行の邪魔にならない位置で待機しましょう」
1-Aの面々に静かに声をかけたのは、八百万百だった。
以前のように周囲の華やかさに気後れしたり、過剰に思考を乱されたりする様子はない。厳しい訓練を経て余計な雑念が削ぎ落とされ、澄み渡った彼女の思考力と構造理解は、タワーの全体構造や自分たちの置かれた状況を、ごく自然に客観視できる静けさを備えていた。
「デクシャツ出てんぞ」「あ、ごめんかっちゃん!」といった話しが交わされる中、ロビーの奥から控え室で着替えを終えたメリッサ・シールドが駆け寄ってきた。
「みんな、待たせちゃってごめんな——」
メリッサは言葉を途中で切ると、目を丸くして彼らの姿を見つめた。
「って……ええっ!? その格好、ヒーロースーツ……!?」
「あはは……やっぱり驚きますよね。でも僕たち、これが一番落ち着くというか……」
緑谷が苦笑いを浮かべながら説明しようとした、まさにその瞬間だった。
重厚な物理打撃音がタワー全体を揺らし、1階ロビーを含むすべての出入口を覆う高剛性特殊合金のシャッターが一斉に落下した。
『——警告。タワーセキュリティシステムに異常を検知。全館を緊急ロックダウンします——』
合成音声のアナウンスが響き渡ると同時に、照明が落とされ、赤色の非常灯が一斉に点滅を開始する。
「な、なに!? セキュリティの誤作動!?」
「シャッターが開かないぞ!」
ロビーにいた一般の招待客たちが一瞬にしてパニックに陥り、ざわめきが広がる。
だが——いまだロビーにいた生徒たちは違った。
突然の警報音とともに、誰からともなく無駄のない動きで、それぞれ近くの巨大な柱やインフラ搬入路の影へとすっと身を滑り込ませていた。パニックの波に流されることなく、日常の訓練で養われた「異変への即応」が自然と身体を動かしていた。
「……通信が途絶しています。おそらく外部への接続も遮断されましたわ」
物陰で即座に手元を確認した八百万が、落ち着いた声で告げる。
「上層階のレセプション会場……オールマイト先生たちの状況はわかりません。ですが、タワー全体がシステムごと物理的に隔離されたのは確実です」
「チッ……ただの誤作動なわけねぇだろ」
爆豪が柱の陰から鋭い視線を巡らせる。以前のような感情任せの威嚇はない。自制された静かな殺気が、その瞳の奥で収まっている。
上層階で何が起きているのか、オールマイトたちがどうなっているのかは、1階にいる彼らにはまだ知る由もない。
しかし、全員が最初からヒーロースーツを纏い、精神的な覚悟を完了させていた1-Aの生徒たちは、混乱に呑み込まれることなく、この最悪の初動において誰一人として動揺することなく「次の行動」を見据えていた。
一方、その頃——。
タワー外部、地下警備部門の応接室。
「……よし、確認が取れた。雄英高校非常勤臨時講師、および公安側の事前登録データと一致。身元を保証する。失礼した」
警備人員からの解放を受け、イレギュラーは提示されていた一般IDを受け取り、無言でポケットに収めた。
目の前で逃走したデヴィッド・シールドの秘書・サム。
彼を事情聴取のため呼び出し、拘束するための手配を警察・警備窓口へ要請しようとした、まさにその瞬間。
頭上のメインタワーが不気味な振動とともに重厚な駆動音を立て、外部との通信回線が完全に途絶した。
端末のディスプレイに躍る『CENTRAL TOWER: ISOLATED』の赤文字。
イレギュラーは感情の欠けた瞳で、閉鎖されたタワーの外壁を見上げた。
映画的な超人的予測などではない。ただ目の前で起きた物理的事実の結末として、事態が「手遅れ」の段階へ移行したことを冷徹に理解する。
手に握られたキャリーケース。その中には、先ほど調整を終えたばかりの、応答速度が3割落ちた『代用フレーム』が静かに収まっている。
独り言すらない静寂の中、彼は警備部門の制止を無視し、タワー内部へと直結する最短のインフラ搬入路へと、迷いのない足取りで踏み出していった。