『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
タワー内部の各階層では、1-Aの生徒たちが立ち塞がるヴィランと各所で交戦していた。
しかし、その戦況は明らかに優勢であった。
朝夕の訓練で叩き込まれた「武の理」——無駄な予備動作の排除、体軸の保全、そして最小限のベクトル操作。
過剰な大振りや溜め動作を排し、敵の初動の起こりを最小限の体動で制し個性を使う彼らは、不測の事態に陥りながらも常に戦術的優位を保っていた。八百万の澄んだ指揮のもと、爆豪や轟、切島らは無駄な力みを一切見せず、敵の防衛ラインを最速のテンポで無力化し続けていた。
だが、それら生徒たちの戦闘を遙か下方に置き去りにし、漆黒のインフラシャフトを直進する男がいた。
暗闇の中、急激な風切り音とともに頭上から影が降下してくる。
「ヒハッ! 地下のアラートで降りてきてみれば……鼠が一匹登ってきてやがる!」
浮遊系の個性を持つヴィランだ。無重力に近い旋回で狭隘なシャフトの壁面を蹴り、イレギュラーの頭上へ向かって急降下してくる。
イレギュラーの視線はブレない。
代用フレームの応答遅延—。相手の降下速度と空間の幅、そして機械側のラグを脳内で弾き出す。
ヴィランがナイフを突き出し、間合いに入った瞬間。
体軸を僅かに右へ倒し、フレームの関節負荷を全身の骨格で受け止めながら、左腕の拳を先行して突き出した。
「なっ——!?」
間合いに入った瞬間に、そこに「既に置いてあった」肘。
浮遊ヴィランは自らの降下速度のまま、イレギュラーの無機質な拳へと顔面から激突した。
衝撃で姿勢を崩した敵の頸椎を、間髪入れずに左手で掴み取る。
そのまま体軸の旋回(質量移動)だけで、敵の頭部をシャフトの堅牢なコンクリート壁面へと叩きつけた。
「ガ……ッ!?」
コンクリートが蜘蛛の巣状に砕け、敵の頭部が壁面に深くめり込む。
個性の発動が強制解除され、白目を剥いて脱力するヴィラン。
イレギュラーは一切の感慨も挟まず、めり込んだ首元から手を離した。意識を失った肉体が暗闇の底へ落ちていく音すら聞くことなく、保守用ステップへ再び手をかける。
カン、カン、と無機質な足音だけが上層へ向かって伸びていった。
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タワー最上階、ヘリポート。
強烈なローター音が夜空を切り裂き、吹き荒れる暴風が屋上を打ち叩いていた。
「博士ーーーっ!!」
緑谷出久の絶叫が夜空に虚しく響く。
ウォルフラムの手によって、デヴィッド・シールド博士が脱出用大型ヘリへと連れ去られていく。
鋼鉄の個性による拘束を破り、ここまで追いついた緑谷だったが、力及ばずヘリはすでに滞空高度へと上がり、手の届かない上空へと離陸しようとしていた。
地面に膝をつき、己の無力さに拳を叩きつけて悔しがる緑谷。
その絶望の空気を引き裂くように——
「私が、来た!!!」
轟音とともに大気を割って躍り出た黄金の影。警備システムが取り戻され、上層階へ駆け上がってきたオールマイトが、全質量を込めた跳躍で上空のヘリへと襲いかかった。
空中での渾身の一撃。
金属の悲鳴とともにヘリの尾翼がへし折れ、デヴィット博士を救い出され、爆煙を上げながらヘリポートの床面へと叩き落とされる。
凄まじい衝撃波と爆風が屋上全体を吹き荒れ、煙が立ち込める。
その爆炎と鉄くずが散乱するヘリポートの片隅——
扉を爆破したわけでも、エレベーターから降りてきたわけでもない。
インフラシャフトの緊急排気口の重厚な鉄格子が、内側から静かに押し外された。
無駄のない体動で、黒ずんだ代用フレームを纏った男が屋上の床へと足を踏み下ろす。
シリンダーからプシューと圧力が抜け、排気音が夜風に消える。
呼吸の乱れはない。感情の波もない。
緑谷が悔しさに声を上げ、オールマイトがヘリを叩き落とした、まさにその終着点(タイミング)。
最短の物理経路をただ直進してきた「消耗品」が、最終決戦の盤面へと静かに合流した。