『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』   作:平素練磨

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第5話:構造の解体、あるいは理の提示

入学日、晴天のグラウンド。

 

「自由な校風……それが雄英の売りだ。そしてそれは、講師側もまた自由ということでもある」

 

青の体操服に着替えた一年A組の面々は、目の前に立つ担任・相澤消太の発した言葉に息をのんだ。

「個性把握テスト」――そして「最下位の一人は見込み無しとして除籍処分」。その過酷な現実を告げる相澤のすぐ左隣に、もう一つの異質な影が聳え立っていた。

 

黒地のKISARAGI社製の強化外骨格を組み付けた一九〇センチを超える。顔面の上半を覆うハーフ遮光バイザーからは一切の表情が読み取れず、背部エンジンの排熱孔から、かすかに油圧と金属の臭気が漂っている。

 

非常時の動線を何ひとつ制約しない、完全な実戦ヒーローコスチューム。

男は腕を組むこともなく、ただそこに「重力」として存在するように無言で佇んでいた。

 

「……先生、その隣の方は?」

 

切島鋭児郎が眉をひそめ、不気味な威圧感を放つ巨躯を見上げて尋ねた。

相澤は目線だけを動かし、短く吐き出す。

 

「特別講師の『イレギュラー』だ。お前たちの物理的な不備と、個性に頼り切った肉体の脆さを計測してもらう。……おい、何か言うことはあるか」

 

相澤の問いかけに対し、イレギュラーは口を開かなかった。

ただバイザーのデジタルグリッドが一瞬だけ明滅し、生徒二〇人の骨格、筋肉のつき方、立ち姿の重心を機械的にスキャンする動作音だけが静かに響く。

 

無言。しかしその無言こそが、言葉以上の圧迫感となってA組の頭上に重く伸しかかった。

 

(……なんなんだ、あの人……プロのヒーロー……? 装備が、雰囲気が……まるで戦場からそのまま歩いてきたみたいな……)

 

緑谷出久はゴクリと唾を飲み込み、その姿を凝視した。

首元に巻かれた、煤けて擦り切れた深紅のマフラー。使い込まれた強化外骨格フレームの無骨さ。バイザー越しに向けられる、熱量を一切含まない冷徹な視線。

 

いつか、遠い昔。公園で無個性に泣いていた自分に、あの使い古されたマフラーを託した異形の背中。その記憶の断片が、目の前の男の佇まいと不意に強く重なりかけ、出久の胸を鋭く突いた。

 

(……まさか、ね……。でも、あの気配……)

 

同時に、少し離れた列に立つ轟焦凍もまた、オッドアイの瞳をわずかに細めていた。

重厚な強化外骨格が刻む、微小な作動音。

四歳の頃。父・エンデヴァーの絶対的な支配下にあった轟家へ足を踏み入れ、父親と一切の言葉を交わさず一時間の無言の殴り合いを敢行した、あの嵐のような男。

 

(……あの男か……?)

 

焦凍の思考を遮るように、相澤の冷ややかな声がグラウンドに響いた。

 

「説明は終わりだ。始めるぞ」

 

---

 

計測が始まった。

 

爆豪勝己の爆破を利用した七〇〇メートル超えの記録を皮切りに、生徒たちは次々と自慢の「個性」を発揮していく。50m走、握力、立ち幅跳び――華やかな光彩と爆音、圧倒的な数値がグラウンドを彩った。

 

だが、相澤の横に立つイレギュラーは、一度として驚きも感嘆も見せなかった。

 

バイザーの奥で描かれるのは、彼らの華々しい数値ではない。

『爆破の際、右膝の負担が限界値に近い』

『跳躍の着地時、軸足の踏み込みが浅くバランスを崩している』

『個性が途切れた瞬間、全身の筋肉が緩み、完全な無防備に陥る』

 

徹底された武の理と構造解析の観点から、彼らの「個性に隠された物理的欠陥」をデータとして淡々と蓄積していく。

 

生徒たちにも、その冷酷な視線は伝わっていた。

どれほど派手な記録を出そうと、あの大男は一切の感情を動かさない。自分たちの自慢の力が、まるで「無駄な悪あがき」として片付けられているかのような不快感が、じわじわと場を支配していく。

 

そして、緑谷出久の番が巡ってきた。しかし個性を全力で発動出せた瞬間消えさる。

 

「……緑谷は、個性の制御ができないのか?」

 

相澤の『抹消』によって個性を封じられ、説教を受ける出久。

逃げ場を失い、追い詰められた出久は、再び円の中に立った。指一本に『ワン・フォー・オール』を集中させ、全力を解き放つ。

 

ドカァン――!

 

爆風とともにボールが空へと消え、表示された記録は「七〇五・三メートル」。

指を一本だけ赤黒く自壊させ、激痛に耐えながら拳を握りしめる出久。

 

「相澤先生……まだ、動けます!」

 

出久の言葉に、相澤は僅かに口元を歪めた。

その横で、イレギュラーの視線が出久の折れた指と、全身の軸へと向けられる。

 

(自壊を前提とした出力調整。土壇場での覚悟……だが、構造的にはただの破綻だ。一回撃てば一箇所が壊れるギアなど、実戦では欠陥品以外の何物でもない)

 

だが、その冷徹な観察をぶち壊すように、一炎の爆風が上がった。

 

「どういうことだ!! 説明しろデク!!!」

 

咆哮とともに飛び出したのは、爆豪勝己だった。

両手から爆破を噴射し、圧倒的な推進力で出久へ肉薄する。顔を怒形に歪め、自慢の個性を全開にして「隠し事」をしていた出久を叩き潰そうと迫る。

 

「……チッ」

 

相澤が捕縛布を構えかけた、その瞬間。

 

爆豪と出久の直線上に、黒い影が割り込んだ。

 

速い、という表現すら正しくない。

推進力の爆音に隠れ、足音ひとつ立てずに間合いを詰めた一九〇センチの――イレギュラー。

 

「退け、邪魔だオッサン――!!」

 

激昂する爆豪は眼前を塞ぐ相手に向け、右手の爆炎を叩きつけようと掌を向けた。

 

だが。

爆炎が弾けるよりも、個性が発動するよりも、圧倒的に早く。

 

イレギュラーの右手が、爆豪の右腕の軌道へ「滑り込んだ」。

個性を無力化する『虚』を出すまでもない。武の理に基づく、中心軸の剥奪。

 

爆豪の突き出された腕の先ではなく、肘の支点と肩の関節のラインに、オープンフィンガーの手袋を嵌めた指先が吸い付くように触れる。そのまま、爆豪が自ら出していた前進の運動エネルギー(ベクトル)を、一切殺さずに円運動へと滑らかに転換した。

 

「――が!?」

 

視界が、上下逆転する。

 

爆豪の体に負荷がかかったのではない。自分が全力で踏み込んだ力が、そのまま自分を地面へ叩きつける力へとすり替えられたのだ。

爆発を起こす隙すら、指に力を込める猶予すら与えられない。

 

ダァンッ!!!!

 

重い打撃音とともに、爆豪の体はグラウンドの土へと激しく激突した。

背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が力任せに押し出される。土煙が舞い、グラウンド全体が静寂に包まれた。

 

「……な……」

 

生徒たちの誰もが、呼吸を忘れてその光景を見つめていた。

あの圧倒的なソフトボールで火力を見せた爆豪が。個性を発動させることすらできず、ただの「体の捌き」一回で、一瞬で地面に這いつくばらされた。

 

イレギュラーは地面に転がる爆豪を見下ろすこともなく、ただ拘束を解いて手を引いた。

強化外骨格の稼働音が、静かに「カチリ」と鳴る。

 

「……軸が軽い」

 

機械的な低音が、冷酷に響いた。

 

「個性の爆発に頼り、踏み込みの瞬間に重心が浮いている。技を出す前に体が壊れている。……ただの体捌きで死ぬぞ」

 

「う……あ……ッ」

 

爆豪は胸を押さえ、荒い息を吐きながらイレギュラーを睨みつけた。

痛みのせいではない。恐怖のせいでもない。

 

(個性を……出す間すら……なかった……? こいつ……何を……俺に……しやがったっ!?)

 

全身を焼くような、理不尽なまでの屈辱。

自慢の爆発も、天才的な戦闘センスも、何ひとつ発揮できないまま、ただの「重力と運動の法則」によって子供のようにあしらわれた。爆豪の拳が、みじめにグラウンドの土を強く握りしめる。

 

相澤が捕縛布を巻き直し、冷淡な声で付け加えた。

 

「……そういうことだ。どれほど強力な個性を持っていようと、発動の隙を突かれ、物理的な理で崩されればお前たちはただの脆い肉塊になる。それを忘れるな」

 

相澤は生徒たちを見回し、最後に短く告げた。

 

「テストを再開する」

 

イレギュラーは再び相澤の横へと戻り、何事もなかったかのように無言の巨木として佇んだ。

その背中を、出久は、焦凍は、そして膝を震わせながら起き上がった爆豪は――それぞれの強い衝撃とともに、じっと見つめ続けていた。

 

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