『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
I・アイランドの夜が明ける。覆われかけた暗闇は、オールマイトと学生達に手によって打ち払われた。
タワー上層部に残された大規模な損壊と、ヘリポートに散らばった無数の鉄くず。現地警察と島警備隊による現場検証が急ピッチで進められる中、拘束されたウォルフラム一味の身柄は、厳重な警備のもとで本土の拘留施設へと移送される手はずが整えられていた。
タワー下の応急救護エリア。
救急車のベッドに横たわる父・デイヴィッドの手を、メリッサは泣き疲れた顔で強く握りしめていた。その傍らには、事件の収束を見届けたオールマイトが静かに寄り添っている。父親の無事を確かめ、張りつめていた感情が追いつかない彼女にとって、今この場所から離れる余裕などどこにもなかった。
そこから離れた搬送用車両の影。
手当てを受けた1-Aの生徒たちが、互いの無事を確かめ合うように集まっていた。
「……緑谷君」
包帯を巻かれた腕をさすりながら、飯田天哉が歩み寄ってくる。
「昨日の戦い……叩き込まれた身体の使い方が、とっさに出た」
緑谷は自身の両手を見つめ、静かに拳を握り込んだ。
「うん……。毎朝毎夕、ただひたすらに殴られ、蹴られ、投げられて……自分の頭で考えて身体をアジャストさせ続けるしかなかった、あの地獄みたいな組手。あの時は必死でついていくだけだったけど……」
緑谷の言葉に、隣にいた轟焦凍も深く頷く。
「あぁ。間合いの潰し方、体軸を落とさずに重心移動する感覚……全部、身体と骨格に叩き込まれていた。個性の出力以前に、自分の肉体をどう使うかという理屈が、土壇場で体を動かしてくれたんだ」
彼らが実感していたのは、生半可な座学や華やかな技術ではない。
痛みを伴う実戦的な組手を通じ、自らの頭で思考し、血肉に変えてきた凄絶な鍛錬の成果だった。その理が、土壇場の命懸けの現場において、確実に彼らの生存率と反応速度を支えていた。
一方、敷地の隅に停められた応急車両のバンパー。
イレギュラーは誰とも言葉を交わさず、淡々と右腕の代用フレームのビスを締め直していた。
激闘による負荷で、粗悪な代用フレームは各部のアタッチメントが歪み、シリンダーの油圧低下を起こしている。応答遅延の増大を触覚で感じ取りながらも、彼は顔色ひとつ変えず、淡々とスパナを回し続けていた。
やがて、本土へ戻る専用チャーター機の時間が近いと連絡が入る。
「みんなー! 荷物まとまった? バス出るよー!」
麗日の声に、1-Aの生徒たちが慌ただしく動き出す。
一歩間違えれば命を落としていた実戦の恐怖と疲労。それを乗り越えた彼らの表情には、ただ浮かれて島を訪れた時とは違う、確かな教訓と密度が刻み込まれていた。
オールマイトはデイヴィッドとメリッサに短く別れを告げると、生徒たちの少し後方を歩き始める。
その視線は、列の最後尾を誰とも交わらずに歩くイレギュラーの背中に向けられていた。
表の舞台を支えるヒーローの光と、その足元で淡々と処理をこなす冷徹な影。
それぞれの役割を果たした一行を乗せ、チャーター機は待望の雄英高校へ向けて飛び立った。