『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「相澤は生徒の保護と状況把握へ。俺は視界の効かない森の奥を確保する」
「あぁ、頼んだぞ!」
相澤消太が施設へ向かって跳躍すると同時に、イレギュラーは山林の闇の中へと滑り込んだ。
足元を覆うのは、マスカードが撒き散らした甘く不快な毒ガス。だが、常時着用している2号機のシリンダーが正確なトルクを足腰へ与え、高速で木々の間をすり抜けていく。
森の深部——プッシーキャッツの待機拠点付近。
木々をかき分けた視界の先に、路上へ倒れ伏すラグドールと、その傍らに立つトールハットに仮面姿の男——Mr.コンプレスの姿があった。その両脇には、寸分違わぬ姿をしたコンプレスの分身が2体、不気味に佇んでいる。
意識を失ったラグドールへ向けて、コンプレスの手が伸びようとしていた。
落ち葉を踏みしめる音すら殺し、イレギュラーが闇から踏み込む。
「ん……? おっと、客人か!」
即座に反応した分身の1体が、懐から仕込みナイフを抜いて肉薄してくる。
イレギュラーは素手のまま、一切の予備動作なくその間合いへ立ち入った。
刃が首筋を掠める直前、左の掌底がナイフの平をかすかに弾く。ベクトルの転換。軌道を逸らされた分身の肘関節へ、右の手刀が支点として吸い付くように叩き込まれた。
関節の可動域を無視して腕を折り敷き、そのまま素手で分身の首筋を掴む。
ジ……と不気味な相殺音が響き、接触部位から「個性の維持」が強制的に遮断された。トゥワイスの泥によって構成されていた分身は、そのままドロドロの泥塊へと還元され崩れ落ちた。
残るもう1体の分身が牽制のために手にしていた「圧縮の玉」を放り投げ、物理的な質量攻撃を仕掛けようと手をかざす。
だが、イレギュラーの素肌が、その現象の不可視の波動に触れた。
パシッ、と小さな泡が弾けるような音が残る。
コンプレスの個性が発動しようとした空間の歪みそのものが、物理的接触の瞬間に消失する。圧縮の理そのものが「ただの空気」へと戻された。
軸を失った泥の分身の頭部へ短い肘打ちを叩き込み、完全に泥へと還元させる。
わずか数秒。2体の分身が消滅した。
言葉一つ発せず、感情を殺した眼光が本物のコンプレスを捉える。
「くっ……マジシャン泣かせの無粋な客だ!」
命の危険を察知したコンプレスは即座に煙幕弾を叩きつけ、後方へ跳び退いて夜の樹木の上へと姿を消した。深追いはしない。主目的は「奪還と防衛」だ。
煙幕が晴れる中、イレギュラーは無言でラグドールの頸脈に指を当て、生存を確認する。
一切の声を出さず、彼女の体を担ぎ上げると、2号機のシリンダー音を低く殺したまま来た道を折り返した。
ラグドールの誘拐阻止には成功した。しかし、敵連合の真の目標である爆豪勝己へ向けて、さらなる凶刃が迫っていた。