『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
合宿施設前は、混沌と焦燥に包まれていた。
マスカードの毒ガスが相澤の指示と生徒たちの連携によって沈静化する中、避難を終えた生徒たちが続々と広場へ帰還してくる。日頃の泥臭い身体操作と軸の確保が実を結び、1-A・1-Bともに重症者は少なく、大半が軽症留まりであった。
しかし、全員が無事に戻ったわけではなかった。
「轟くんたちが……まだ戻らないんだ!」
飯田が声を張り上げたその時、森の木々を押し分けて影が現れる。
現れたのは轟焦凍だった。広範な氷結を張り巡らせつつ、荼毘および異形の特製脳無による執拗な追撃をギリギリの立ち回りで捌ききり、間一髪で生還を果たしていた。
続いて、森の奥から重い足音が響く。
障子目蔵が、背中に意識の朦朧とした洸汰を負い、その手で緑谷出久を支えながら姿を現した。
緑谷の両腕は内出血で赤黒く変色し、見るも無惨に破壊されていた。巨大なヴィラン——マスキュラーとの死闘により、『フルカウル』の限界を超えた過負荷を無理やり通した代償だった。
「緑谷! 一体どうしたんだその腕は……!」
駆け寄るクラスメイトたちの悲鳴が上がる中、さらに深い山林の闇から、重く低い金属音が近づいてくる。
シュー……ッ。
2号機のシリンダーが吐き出す、規則正しく冷たい排気音。
生徒たちが息を呑んで振り向いた視線の先に、漆黒の強化外骨格を纏ったイレギュラーの姿があった。
左肩には、救出したラグドールの体を無造作に担ぎ上げている。
そして、その左右の素手には——四肢の関節を支点ごとへし折られ、体幹の軸を完全に破壊されてピクリとも動けない名も知れぬ敵(ヴィラン)2名の襟首が握られていた。
無言のまま、土煙を立てて二人のヴィランを引きずりながら歩み寄るその姿に、その場にいた全員が息をのんだ。
イレギュラーは回収したヴィラン2名を広場の地面へ叩きつけ、肩のラグドールを速やかに救援隊へ引き渡す。一切の感情を排したその手際と圧倒的な戦術的威圧感に、傷ついた生徒たちすら言葉を失っていた。
「……ラグドールは無事だ。敵2名、戦闘不能にして拘束」
淡々と事実だけを告げるイレギュラーに、相澤が短く頷く。
だが、安堵の空気は一瞬で打ち砕かれた。
息を切らせたマンダレイが、血相を変えて駆け込んできたからだ。テレパスの個性を介した広域通信ではなく、生の切羽詰まった声が夜空に響き渡る。
「みんな……っ! 爆豪くんが……爆豪くんが敵連合に攫われたわ!!」
凍りつく現場。
緑谷が破壊された腕を震わせ、絶望に満ちた目で夜の森を見つめる。
ラグドールの防衛と敵勢力の排除には成功した。しかし、敵連合の真のターゲットであった爆豪勝己の奪還を許し、林間合宿の夜は凄惨な爪痕を残して幕を閉じた。