『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「神野の惨状……そして君のその無様な姿。全ては私の思い通りだ、オールマイト」
黒い仮面の男、オール・フォー・ワン(AFO)の嘲笑が響く。
「……いちいち…神経を逆撫でさせる……! 年寄りってのは……お喋りが過ぎるぞ……!」
オールマイトが激しい呼吸とともに言葉を絞り出す。その背後、潰れたビルの瓦礫の隙間に、一人の女性が閉じ込められているのをオールマイトの眼光は捉えていた。
「はは……! 守るべきものが多すぎるな、ヒーローは!」
AFOが放った無慈悲な複合個性の爆風。オールマイトはその全撃を自らの身を、振り切った拳で正面から受け止めた。
直後、爆煙の中から現れたのは——全身の筋肉が削ぎ落とされ、ガリガリに痩せこけた「トゥルーフォーム」のオールマイトの姿だった。
「見ろ、これが『平和の象徴』の無様な真実だ!!」
全国に中継されるカメラの前で暴露される衝撃の姿。世間に動揺と絶望が広がっていく。だが、瓦礫の下の女性が泣き叫びながら手を伸ばした。
「助けて……オールマイト……」
その声が、人々の祈りが、オールマイトの残り火に再び苛烈な炎を灯す。
「もちろんさ。……お嬢さん。……そうさ……!! ヒーローは……守るものがたくさんあるんだよ……!! だから……負けないんだよ!!」
「ならば、完全に叩き潰すまで!」
AFOは残された全ての個性を右腕に集中させていく。
『筋骨発条化』『瞬発力×4』『腕力増強×3』『肥大化』『増殖』『肥大化』——異形に肥大化し、禍々しいうねりを上げる巨腕。
確実にオールマイトを息の根ごと屠るべく、右腕を高く振り上げるAFO。
覚悟を決め、残り全ての「ワン・フォー・オール」を右拳に宿すオールマイト。
二人が同時に、地表を蹴って踏み込んだ——まさにその瞬間。
大気を切り裂く異様な過給音が響き渡った。
背部に増設された緊急用ブースターを全限界突破(オーバーロード)で開放し、突風となって二人のすれ違いざまへ飛び込んできたのは、フレームが歪んだ2号機を纏うイレギュラーだった。
殺人的なG(加速度)によって自らの肋骨がみしりと異音を立てて軋み、2号機の骨格フレームが過負荷で悲鳴を上げて砕け散る。
二人の拳が交差する、ほんの僅か数秒前。
爆風とともに吹き飛びながら、AFOの背後を一瞬で抜けざるを得ないその一瞬の交差のさなか——イレギュラーの素手が、AFOの右肩へ確実にかすめた。
『虚(Void)』——発動。
「——……なッ……!?」
次の瞬間、AFOの表情が凍りついた。
膨大な個性の重複によって支えられていた右腕から、全ての感覚と力が一瞬にして消え去ったのだ。肥大化し、うねりを上げていた異形の腕が、まるで風船の空気を取り払われたように急激にしぼみ、元の細い腕へと収縮していく。
「個性が……使え……な……!?」
生まれて初めて体験する「個性の完全な喪失と虚無」。自らの存在基盤そのものを削ぎ落とされたAFOは、激しい不快感と眩暈に膝をつき、その動きを完全に停止させた。
だが、オールマイトに躊躇も戸惑いもなかった。
これが最後の機会であり、提示された最高の好機であることを、その戦闘直感で瞬時に理解していた。
「——おおおおおおおああああああっっっ!!!!」
個性を失い無防備となったAFOの顔面へ、オールマイトの右拳が寸分狂わず叩き込まれた。
「ユナイテッド・ステイツ・オブ・……スマッシュ!!!!」
天地を揺るがす超弩級の衝撃波が地表を穿ち、神野の街を飲み込む。AFOの身体は地底深くへと叩き伏せられ、仮面は完全に粉砕された。
荒涼としたクレーターの中央。
立ち尽くすオールマイトが、ゆっくりと空へと右腕を掲げる。
平和の象徴の、完全なる勝利。
そして吹き飛ばされながら着地したイレギュラーは、半壊した2号機のシリンダーから熱蒸気を吐き出し、自らの折れた肋骨の痛みを殺しながら、静かにAFOの意識不明を瓦礫の中から確認していた。