『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「次は、君だ」
万感の想いが込められたその指先が、中継カメラのレンズの向こうへ鋭く突きつけられる。
テレビ画面越し、そして神野の街の片隅でその言葉を受け取った緑谷出久は、崩れ落ちるように膝をつき、声もなく涙を流していた。
それは一見、全国の国民や新たな脅威に向けた「平和の象徴」としての警告。だが、その言葉の本質が自分だけに向けられたバトンの継承であることを、緑谷だけが正しく理解していた。
その叫びが夜空に響き渡った直後——。
「トムラ……お早く!!」
強制転送の黒霧が不気味に広がり、死柄木吊や黒霧ら敵連合の面々を呑み込んでいく。
「待て……! 逃がすかぁああっ!!」
エンデヴァーが炎を吹き上げて突進するが、間一髪で霧は消滅し、彼らは夜の闇の中へ姿を消した。
逃走を許した焦燥の中、ヒーローたちの視線は即座にクレーターの中央へと向けられる。一切の時間的猶予を残さず、エンデヴァーやベストジーニストらプロヒーローたちが地底に沈むオール・フォー・ワンへ殺到。意識不明の脅威を即座に強力な拘束具で押さえ込むと、間もなく現場へ滑り込んできた特別編成の警察特殊部隊へとそのまま身柄を引き渡した。
一方、熱狂と喧噪の渦から離れた場所で、イレギュラーは無言のまま自身の身体状態の内部監査(セルフ・ダイアグノシス)を行っていた。
呼吸のたびに、右胸の奥で鋭い激痛が走る。
(右第5・第6肋骨の亀裂骨折。横隔膜への刺傷なし。内臓出血の兆候なし。業務継続可能)
続いて、身に纏った強化外骨格の診断。
背部の緊急用ブースターは超高圧噴射によって完全に焼け落ち、油圧配管は破裂。背骨フレームのジョイント部分はGフォースの超過によってひねり切れるように歪み、シリンダーからは不規則な蒸気が漏れ出していた。
(2号機(Mk-2)、フレーム剛性完全喪失。駆動率12%。運用限界)
「あ、あの……! 大丈夫ですか……!? ……血が……!」
駆け寄ってきた一般の救急隊員が、手出しもできず外観から覗く凄惨な損傷と血痕に驚愕して声を上げる。
イレギュラーは隊員に目を向けることもなく、吐血の混じった唾を無造作に瓦礫へ吐き捨てた。
歪んだ背骨フレームを手動の緊急リリース弁で無言のまま固定し直すと、トルクの消えた脚部を自らの肉体だけで動かし始める。
周囲では、ヒーローたちや人々がオールマイトを取り囲み、涙を流しながらその勝利を称えている。
その熱狂と感傷の輪に背を向け、一言の発声も発することなく、イレギュラーは一人、夜の神野区の瓦礫の中を淡々と歩き去り、用意された暗い警察車両の中へと静かに消えていった。